北京で太極拳

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総合42式剣。。。

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今日は、総合四十二式剣など。。。


かつては太極女神(皇后)と呼ばれていた“高佳敏”


そして、規定楊式の映像にも登場していた太極王子“陳思坦”


総合剣ではありませんが、楊澄甫の高弟だったという“鄭曼青”の動きも魅力的です。


鄭曼青は鄭子太極拳の創始者。
鄭曼青が楊式太極拳を整理し37式にまとめたスタイルとして誕生しました。
楊式からこの三十七式が認められなかったことと、さらに楊式よりもさらに柔らかくこじんまりとした動作であることなどから別式とされています。
套路型は37式、武器は楊式太極剣、推手、さらに台湾系の系譜ではこれに気功(内功)が加わるだけの最小主義の太極拳で簡易太極拳と言われることもあります。
鄭曼青は五絶老人とも呼ばれ「詩、書、画、医、武」に優れ文人、医者としても名高く台湾に移住後、さらにニューヨークに移り、漢方医として活躍しながら太極拳の普及活動も行なっていました。
鄭曼青は、中国人や欧米人の区別をせず、誰しもに太極拳を伝授したため、結果として欧米に最初に太極拳を広めることになります。
また、鄭曼青は漢方医であったため、太極拳の健康面での効用を強調しました。
これが、欧米で太極拳が広まる一因ともなったと言われています。
by takeichi-3 | 2009-03-03 23:45 | 太極拳・武術動画いろいろ | Comments(1)
Commented at 2009-03-04 11:15 x
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