北京で太極拳

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猫に弘法大師。。。


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≪猫に小判≫という言葉はありますが、、、
朝一に公園近くで見かけた、≪猫に弘法大師≫。。。
人と同じように、猫にも煩悩があるのかしら~( ' ' )???

「弘法にも筆の誤り」
天皇からの勅命を得、大内裏応天門の額を書くことになったが、「応」の一番上の点を書き忘れてしまいましたた。空海は額を掲げたまま手にした筆を投げつけて書き直したといわれています。

など、諺や伝承も数多く残っている有名人。

昨日、練習後の打ち上げ(?)で、何故か話題となっていた≪弘法大師と水銀≫

弘法大師(空海)は四国霊場八十八ヶ所を開いたことで有名ですが、山岳修行の傍ら鉱業部民たちと交流して鉱脈を探していたとも言われています。彼は水銀を含めた鉱物資源が政治的、経済的にいかなる重要性を持っているかを十分理解していたのでしょう。

『真言密教と古代金属文化』によると、高野山や四国遍路霊場の主要地域は、銅鉱山と水銀山のすぐ近くに存在し、また高野山金剛峯寺のすぐ下は金、銀、銅、水銀の宝庫であるということが確認されているということです。すなはち重要な天然資源の眠っている場所を聖なる場所として、そこに寺院を建立したとも考えられるのです。古来から山が聖なる場所であり、資源の宝庫と考えられてきたゆえんです。

真言密教本山である高野山の堂塔建設や京都東寺の建立を実現した原動力は、空海の思想に共鳴した彼を取り巻く多くの弟子、信者などの情熱だったわけですが、その一方で嵯峨天皇の支援なくしては実現しませんでした。この支援を取り付けた背景に、鉱山という重要な地域を押さえることで得られる政治力や経済力があったとしたら、空海の歴史的位置づけには、もう一つの側面が加わることになるでしょう。

空海は、修行する中で専門知識を持った鉱業部民らに出会い、そうした集団との関係から貴重鉱物や水銀を手にしたと考えられます。

最澄と同じ遣唐使船に乗り、中国で恵果阿闍梨から密教の法門を継ぐ8代目として伝灯大阿闍梨位を受け、多くの経巻や密教法具を授けられたといわれます。また別に多くの密教法具を求めて来たともともいわれます。その財力も鉱山探査によって得た金銭の賜物だったのかもしれません。

当時、水銀は青銅などの仏像に水銀アマルガム法を用いて、鍍金して金銅仏を作るために必要な貴重な物でしたから、極めて高価に取引されていたと考えられます。

また、不老不死の薬としても珍重されていました。
特に中国の皇帝に愛用されており、それが日本に伝わり飛鳥時代の持統天皇も若さと美しさを保つために飲んでいました。現代から見ればまさに毒を飲んでいるに等しい行為ですが、始皇帝を始め多くの権力者が命を落としたといわれています。中世期以降になって、ようやく水銀は毒として認知されるようになりました。

※ちなみに、ハムレットの父親の耳に、その弟が注いだ毒・・・主成分は水銀です。
※日本の霊山、霊峰と言われるところ=金属、鉱脈のある場のようです。
by takeichi-3 | 2010-10-27 23:52 | いろいろ | Comments(0)