今日も昨日と同様、朝から大風が吹いていました。
雨も降り出し~折角の花見が台無し。
と、、、思っていたら~
午後になってから雨が止んだので、新宿御苑まで。
3時半に到着。同じような考えの人が多かったのでしょう、
午後4時半に閉園するというのに、チケット売場には列が出来ていました。
テレビを見ていたら~金八先生が、、、
孔子の論語にある「子日学而時習之不亦説乎」という言葉を説明していました。
⇒学んだ後、復習を繰り返すことにより物事をより深く理解するできるようになるのは喜びです。
太極拳の練習方法と同じ。。。(--)。。。
≪読み下し≫
子曰(のたまわ)く、学(まな)びて時(とき)に之(これ)を習(なら)う。亦(また)悦(よろ)ばしからずや。
孔子が語るには、
「学んだら、これをよく何度も繰り返し復習することが大切です。復習すると判らなかったことも判るようになってきます。これは楽しみとなります。」
学問とは知識を習得するためのものではなく、自分自身を磨くためのものです。
学ぶ際には、絶えず復習に努めなければなりません。
復習の習という字は羽に白と書きます。
⇒鷹の雛が少し大きくなると羽が白くなってきます。この頃になると、雛は親の姿を見て繰り返し繰り返し巣から飛び立つ練習をします。このことから習うという字が出来ました。このように何回も復習をすると今までわからなかった事も理解できるようになってきます。これは喜びに変わります。
学んだばかりでは使い物になりませんが、何度も復習するうちに悉熟(習慣化)して~あらゆる状況に応じて柔軟に対応できるようになります。また、人格形成にも役立ちます。
習には特定の形(=完成)はありません。続けることによって変化(進化)し続けます。
「台上十分功、台下十年功!」
※この言葉のあとには、続く言葉があります。、
「有朋自遠方来 不亦楽乎。人不知而不慍 不亦君子乎。」
自分が努力していると、同じような考え方をした人が共に学ぼうと遠くからやって来ることもあります。これもまた楽しいこと。
学問は自分自身を磨く為のものですから、他人が自分をどう見るかなどは気にしないことです。
それが君子というものです。君子とは絶えず自分を磨き続けている人のことを呼ぶのです。
太極拳、確かに中国文化とリンクしています。