北京で太極拳

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薛顛。。。形意拳

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相変わらず、半袖が心地良く感じられる気温。
介護施設にいる母を外に連れ出すことが出来ます。

昼近くの強い日差しの中、数多くの蜂がせっせと働いていました。

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往復の電車で読んでいた形意拳書籍の中、
掲載されていた人物の型にウットリ~♪
手、腕、背、股間、膝~全てが圓い(弧)~は北京の形意拳老師と同じ。停止しているのに動いている⇒内側は、即、相手に対応できる準備が整っている。

動き出したら~きっと、精密機械のように関節の一つ一つが規律的に働くのでしょう。記憶に焼き付いて、忘れられない動きです。


写真の≪薛顛≫が提唱した基本功には太極拳と同じ「ユックリ~通す」があるそうです。

≪薛顛1887- 1953≫



少年の頃に数年私塾に通っただけで、文を捨て~李存義の門下に。
晩年の李存義が最も自慢にしていた弟子。
いつも人前で褒められていたので、「自分の功夫は無敵」と驕りが生じていた。

ある時、兄弟子の剣秋と宿屋の二階で武術論議をしていた時に剣秋から欠点を指摘されて口論となり、腕試しを申し出~戦いを始めたが、剣秋の一撃を浴びて二階から転落。

これを恥じて、山西へと修行に。
李洛能の孫李振邦と薛振纲に師事して修行した後、五台山上に籠り~百三十歳になる法号灵空上人という世を捨てて暮らす高手からの教えを受けて象形拳を会得。

十年の間、誰も彼の消息を知らなかった。また、師匠の李存義は世を去っていた。
薛颠は、北京に戻ると再び剣秋に挑もうとしたが、李存義の一番弟子であった尚雲祥が、「同門同士の試合はよくない」と止め~以降、天津国術会の運営を任せられ~形意拳を隆盛させた。

時代は半世紀ほど前~この頃には、小説に見られるような武術家が多く存在していたようです。。。
(#^_^#)
by takeichi-3 | 2012-10-06 23:47 | 偉人たち | Comments(0)