北京で太極拳

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黄色い大地。。。陳凱歌&張芸謀

1984年に製作された中国映画≪黄色い大地≫
陳凱歌、初めての監督作品。に加えて、撮影は張芸謀。。。
舞台は、1939年の中国陜西省北部の田舎村。当時の農村の風習などがよく表現されています。

両監督の、「人生は琴の弦のようなもの」や「初恋が来た道」を髣髴とさせる雰囲気がある映画。


予告編。。。




本編。。。

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≪物語=byhttp://nsawada3.exblog.jp/10032000
1939年の中国陜西省北部の田舎の村、国民党の勢力下、苦しい生活に喘ぐこの貧しい村の大地を「信天遊」の調べが潤していた。

この村に、八路軍の文芸工作隊員が、土地の民謡を収集しようとして、やって来る。
情宣活動の参考にするためである。荒涼とした黄色い大地の平がる雄大な風景の中に、人影が現われ、やがて大きくなる。

歌声が聞こえる。「作男はつらいもんだよ。正月から働き尽くめだ。・・・・」結婚氏の長い行列。
見守る人々の笑う顔。「麦かす蒔いて花嫁お輿入れ、一生二人は仲睦まじく・・・」花婿、花嫁、三礼。「男の子なら立派な子、末は偉いお役人。女の子なら立派な子、姿形は花のよう。」これが、結婚式を祝福する歌である。見物人の中に、少女の顔が見える。人々は飲み、かつ、食う。わけ隔てなくもてなししよう。花嫁迎えて酒の振る舞い・・・」「30過ぎても嫁のあてもない。歌うだけ・・・」

結婚~それは花嫁を金銭で買い上げる売買婚なのであった。
まだ13歳にも満たない少女の嫁入りは極貧の村では常識とされていた。

その儀式をじっと見つめる少女翠巧(薛白)は、次が自分の番だということを知っていた。
「6月の黄河はまだ氷が解けない。嫁に行けと辛く当る父。人の世で一番哀れなのは娘。母の他に想うお方もいない私。・・・」

「貧しい家に泊まりたいというので、案内した。」役人が案内されたのは、村の百姓家。父は47歳、母はなくなり、娘のツイチャオ、弟のハンハンの3人家族である。娘は、先ほどの結婚式の見物人の中にいた娘であり、家族の使う水を、5キロ離れた黄河から毎日汲んでくるという。

弟のハンハンは人見知りなのか、返答しない。
役人は「山を越えてきたのは良い歌を八路軍で広める」ためであり、この近くに歌の上手な娘がいると聞いたからである、と自己紹介する。

南では、今日みたいな結婚式は見られない。
自分の相手は自分で探す。結納もない。「娘に価値が無くなって、男とくっ付くだけか。」「価値はあるが、売り物じゃない。」「農民にはしきたりがある。薪だってただじゃない。足を洗って寝てもらえ。」父は不満なのだ。役人は桶に足を浸す。少女、糸を紡ぎながら歌う。伸びやかな歌声。「嫁入りを嫌がり、殴られる。嫁に行かねば苦労も楽しい。私の難儀を誰に話そう。・・・・」

次の日の朝。
役人は、少女に代わって水を汲む。少女、火を起こし、役人、針仕事を始める.「お役人で、男なのに、針仕事を?」「普通だよ。部隊の女性は畑仕事があるし、日本軍とも闘う。髪を短く切って、威勢がいいんだ。」

部落の者は文字を知らない。「縁起のいい言葉を書いてやろう。」と役人が言うと、娘は答える。「文字とは縁が無いし、家とも釣りあわない。」と、少女は言う。

牛を使って黄色い畑を耕す役人、手伝っているのだ。
上の娘の嫁ぎ先は父が決めたと言う。最初は「食べていける」と喜んだが、後で嫌がりだした。食えなくなったからだ。「嫁に行って娘が逃げてきた。」「愛情のもんだいでは?」という役人の質問に「腹が減れば夫婦仲など・・良い嫁は殴って作るものだ。何があっても、夫に従え。腹の皮が背に張り付く日ばかりじゃない。天命に従えだ。」と父は答える。

畑で食事、僅かに粟の入った乳を食しながら、「曇るばかりで雨が降らん。旱魃になれば何も収穫できない。一口の粟など惜しくない。一昨年の残った粟だ。食べな。」父は、自分の残りを息子の器に注ぎいれる。

少女、草履を差し出す。「悲しくもないのに歌なんか。暮らしが辛ければ、歌は覚える。

何故、貧乏人が苦しみ、嫁が殴られるのか。
何故革命が必要か、それらを皆に知ってもらう。」「歌うだけでなく字も覚えさせる。延安の娘は自分の黒板に字を書く。毛主席は貧しい人は食べられる世を願っている。」

少女は、黙って聴いたいたが、あいさつもなしに帰る。
父は少女の作った草履を履くが、気に入らなかったのか脱ぎ捨て、裸足の方がいいと言う。

歌おうか、少女の心は乱れている。
役人はハンハンに歌ってくれという。ハンハン歌う。
「嫁の婿も、二人揃って寝小便。・・・竜王は大笑い、雨を降らせるお仲間だ・・・」役人、大いに笑う。娘も笑う。

役人、ハンハンに革命歌を歌わせる.
「鎌に斧鍬ををふるい、路切り開いて前進だ。万民救う共産党・・・・」少女、二人を黙って二人を見ているが、元気に水汲みをする。楽しそうである。

家に帰ると、仲人ばあさんがいて、衣装が送られてきたという。4月1日に婚礼と決まったのだ。婚約はすでに済み、結納金で、母の葬式、弟の婚約を済ませた。「金持ちだし、大人だし、ちょいと年上だが優しい。」

役人、戻ってくる。
少女は延安のことを尋ねる。歌い手はいるのか、どのくらい遠いのか。250キロあると聞いて、少女沈黙する。役人は、明日帰ると言う。

「歌集めは?畑の手伝いは?弟に歌を教えないの?」少女は、目の前に迫った結婚と言う現実から、目を背けたいのだろう。

金を置いていくから、服を作ればと言う役人に、少女は「服はもうある」と呟く。
「暇ができたら会いに来ます。」「気持ちは嬉しいが無理だろう。無理だよ。」歌を集めるのに失敗したから、首になるかもしれない、と父は言うのだ。「・・・・13で婚約、14で嫁ぎ、15で後家とは哀れなものよ。高く泣く声耳に残り、低く泣いては井戸に身を投げた。・・・・」少女、出て行く。

役人とハンハン、黄土を行く。
ハンハン、役人が帰れと言っても、帰らない。どこまでも付いて行く。
役人が「行くのは止める。一緒に帰る。」と言うと、漸く、包みを手渡し、分かれを告げる。

暫く見送っていたが・・・・道端に少女がいる。
役人を待っていたのだ。「私も一緒に、自分の持ち物は置いてきた。でも、このまま行ける。洗濯、炊事、何でもできる。お下げも切る。どう?だめ?」役人は、軍には決まりがあり、許可が必要だと言う。

「決まりを変えて」と言う少女の嘆願に「僕らは決まりの元に闘っているんだ。許可が下りたら迎えに来る。」「四月に間に合う?」「もう一度必ず来る。」

少女、微笑んで「分った。」「道連れを見つけ、川水を飲んで、夜は貧しい家に泊まってね。」
役人に書き留めてと言い、歌を歌う少女。
「・・・八路軍が来いと私に言うなら、私はすぐにも草鞋に履き替える。・・・・・もう、会えないのか。あなたを一生忘れることは無い。貧しい者はいつの日に解放される。・・・・歌もツイチャオを助けてくれない。・・・・」役人は書きとめようとはしない。少女の姿は、段丘を超え、やがて消える。

少女を迎えに来る婚礼の行列。老人の婿。脅える少女。

延安
鐘を打ち鳴らし、腰に帯びた太鼓を叩きながら制服姿の青年たちが、激しい身振りで踊っている。彼らは熱狂しているのか、力強く、明るく、暴れまわるように野原を行進する。歓喜の歌であり、農村で聞いた物悲しい歌とは相容れない音楽である。見つめる役人。

姉に代わって弟のハンハンが水汲みをしている。
少女、嫁ぎ先から逃げてくる。弟に代わって水を汲み、家まで天秤棒で運ぶ。少女は、向こう岸の八路軍に入隊しようと考え、1人船で黄河を渡ろうとしている。

「顧兄さんを探すの?」「いいえ、探さない。」
少女は、父の面倒を弟に頼む。食事は自分で作るよう、また嫁は自分で決めるよう弟を諭す。
家出は父のせいではないことも付け加える。

彼女は、暗闇の黄河に船を漕ぎ出す。弟は、延安まで歩いていくか、渡し舟で渡河するか、勧める。「姉さんは苦しいの。もう待てない。」彼女は「万民を救う共産党」の歌を高らかに歌いながら、黄河を渡る。突然、歌が途切れる。とうとうと流れる大黄河、少女は、川に飲み込まれたのか。

役人が戻って来る。
村は旱魃、人々は竜王に雨を求めて、雨乞いの儀式を執り行っている。
弟が役人に気付いて、人々の流れに逆らって、役人に向かって走る。
by takeichi-3 | 2013-04-20 23:54 | 中国映画音楽 | Comments(0)