北京で太極拳

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最強の父。。。

m( _ _ )m...お詫び&お知らせ...m( _ _ )m
台風の大雨などの影響からか、モジュラーが結露してしまったようで、電話に雑音が混ざり~通話不良。
今日は、外での仕事&NTTの故障担当が混雑していて繋がらない~結局、回復できませんでした。
電話を下さった方には、ご迷惑をおかけしてしまい申し訳ありません。明日、早期の回復に努めます!



ユニクロや楽天などから、父の日用のメールが届いています、、、
父は、私が二十代の頃に他界しましたが~今でも、時々、話かけてしまうことがあります。。。(#^_^#)

世界一の父親~というタイトルを付けた人もいる≪Rick & Dick Hoyt, Team Hoyt≫
脳障害の為に肢体麻痺となった息子と共に、マラソンやトライアスロンに参加している父子。



ある年の父の日に、リックは父親を夕食に招待するが、
彼が本当に贈りたいものは、、、「パパを車椅子に座らせて、押してあげることさ」
それに応えて、、、「不可能なんて、ない。やればできるさ」

出産時に臍の緒が首に絡んで脳性麻痺となったリック。
回復の見込みがないからと、施設に預けることを医師から勧められたが断った。
リックは首だけは動かせるが、声は出せず、耳も聞こえているかわからなかった。
紙やすりをアルファベットの形に切り抜いて文字をリックに覚えさせた。

リックが11歳の時、首を動かすだけで文字を入力できる障害者用コンピューターが開発され、周囲とのコミュニケーションが取れるようになり知性も工場。14歳、同世代の子供に劣らない学力があると認められて、一般の中学校に入学した。

地元大学のラクロスの選手が交通事故によって全身麻痺になったことがきっかけで、その選手を応援するため、8kmのチャリティマラソンを開催することになった。
それを知ったリック、「父さん、僕も参加したい。」

肥満気味で運動が苦手なディックだったが、息子の願いをかなえる為、車椅子を押してリックと走ることを決意して猛トレーニングを開始。

完走したリックは、「走っている時、障害者だってことを忘れていたよ」と、満面の笑顔を浮かべた。

1984年のボストンマラソンでは、2時間53分20秒で完走した。
この記録は一位に43分と迫る好記録~これによりチーム・ホイトは注目されるようになる。

その後、五年の準備期間を経て参加した1989年のハワイ島アイアンマン世界選手権では、14時間26分4秒で完走。

父親の努力に恥じないよう、リックはボストン大学に入学。
9年で学位を取得。現在は、コンピュータ研究室で障害者用の補助器具を開発している。
by takeichi-3 | 2013-06-14 23:50 | いろいろ | Comments(0)