北京で太極拳

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武式と孫式。。。

武禹襄~李亦畬~郝為真~郝月如~と伝わった「武式」太極拳伝承者「郝少如」の「武式太極拳」。
孫禄堂が学んだ太極拳は郝為真の拳。。。「開合太極拳」とも呼ばれていた武式太極拳。
改めて、孫式太極拳と見比べ~繋がりを感じます。、




孫禄堂の娘「孫剣雲」の動き。。。



豊かな家に生まれ、生涯を通じて武術研究をし続けることが出来た武禹襄。
その拳は身内にしか伝わらなかったが~伝承者である娘婿の李亦畬が、素質を見込んで全てを伝授した郝為真とその子供の郝月如によって進化発展していったので、人々からは「郝式太極拳」と呼ばれていた。

当時、永年県には楊派(楊兆林)と郝式(郝為真)の二派が隆盛で、「楊架」「郝架」と区別されていたが、郝為真自身は、「李架(⇒李亦畲から受け継いだ拳だから)」もしくは「武李架」と称していた。

又、起承開合を重要視する教え方から「開合架」と呼ぶ者もいたが、徐々に「武派(式)」が定着した。

北京に楊健候を訪れたが、冷遇され~住む場所もなく困っていた郝為真。武術関係者のつてで四民武術社に身を寄せたが、感染性の下痢に罹り寝込んでしまった。そんな郝為真を家へと連れ帰り手厚く看護した孫禄堂。

八卦・形意拳の高手として名を馳せていて~楊澄甫に、太極拳との交換学習を申し出ていたが、「互いに、それぞれの拳を守っていけばいいではないか」と拒まれていた時期。

70歳代の郝為真と50歳代の孫禄堂の拳交流は、この時以来~後継ぎの郝月如が子供の郝少如を伴って孫禄堂家に滞在、形意拳を習わせるなど両家の武術交流が続いたそうです。
by takeichi-3 | 2014-04-08 23:56 | 偉人たち | Comments(0)