北京で太極拳

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翠玉白菜。。。台北故宮博物院&天津博物館

6月24日~9月15日まで、、、
東京国立博物館に、台北故宮博物院の国宝「翠玉白菜」と「瑪瑙豚角煮」が特別展示されることになりましたが、、、その間、台北故宮博物院には、それに比する日本の国宝が貸し出される~と、台湾のニュースが伝えています。




中国本土に残っている、翡翠白菜。。。



天津博物館にある翡翠白菜。。。
白と灰黄色(霜によって変色した感じ)と緑(キリギリス&カマキリ)の色を見事に利用~技術の高い匠の手による、見ごたえのある作品。

この白菜は、1950年に天津財政局の食物庫の中から発見された。
その後、天津歴史博物館へ~天津芸術博物館へ~そして、二つが統合された天津博物館へと。。。

清代、白菜を題材とした翡翠の作品は多く作られていた。
白菜(bai cai)=百財(bai cai )⇒沢山の財が集まってくる。
葉の青(qing)と白(bai )⇒清白(qing bai)
葉(ye)=業(ye)⇒事業の成功。

白菜だけの作品もあるが、生物を一緒に彫ったものもある。
この白菜には、蝈蝈(キリギリス)とカマキリが添えられている。
キリギリスは繁殖力が強いので子孫が増える。又、蝈蝈(guo guo)=国国⇒国の繁栄。
カマキリは白菜に寄ってくる害虫を食べる⇒財冨を守る。

翡翠は、周朝の頃から出現~漢代には玉石とされていた。
特に、清代になってから流行し始めた。中国ではなくミャンマーで産出される翡翠。
康熙帝は、全ての官印は翡翠で作るように定めた。当時、上質の翡翠は全て宮廷で使われていた。
乾隆帝の時代になると、ミャンマーとの交流が盛んになり~皇帝が翡翠を愛しているということを知ったミャンマー皇帝は、翡翠を清朝廷への贈り物とした。

大臣たちにも愛されるようになり、大量の翡翠製品が生産されるようになる。
翡翠白菜もこの時期に生まれた。

翡翠を愛していたことが広く知られているのは西太后。
その生涯で多くの翡翠を集め~亡くなった時には、相当量の翡翠が共に埋葬された。翡翠西瓜、翡翠蓮葉帽子、翡翠仏、見事な細工の二つの白菜等があったが、盗掘され~行方知れずとなっている。
by takeichi-3 | 2014-05-19 23:54 | いろいろ | Comments(0)