北京で太極拳

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形意拳:尚雲祥。。。簡単プロフィール

形意拳大師≪尚雲祥≫の動きが、どんな感じなのか探していたのですが。。。
その教えの全てを引き継いだという次女≪尚芝蓉≫の動画を見つけました。




これは、82歳の尚芝蓉。。。



 
≪尚雲祥≫。。。簡単プロフィール。

1863年山東省楽陵県生まれ。
幼い頃に父と共に北京にやってきた。父親の小商いの帳簿管理などを手伝う為に読み書きを習いに行かされたが、武術に相当な興味を持っていて、近所に住む、馬大義老師が教えていた少林派功力拳の練習を盗み見しているところを老師に見つかってしまう。
「どうして、習わず、こっそり見ているんだ?」
「お父さんは学費を出してくれない」
「お金はいらないから練習においで」
これより、父親が寝てから練習に向かい~苦練十年、かなりな腕前になっていた。

尚雲祥が二十一歳の時、前門外大栅攔で形意拳名手李志和が練拳しているのを見かけ、
「その拳、使える?」と尋ねると。。。
「どうかなぁ」という答え。
尚雲祥の再三の要求に李志和は手を合わたが、尚雲祥は、あっという間に遠くに飛ばされてしまった。更に一度~やはり、遠くに飛ばされてしまう。。。

「この拳の名前は?何年、学んだ?」
「形意拳。習ったのは三年足らず」
この拳は、簡単なのに威力がある。感動した尚雲祥は李志和に教えを乞うが、自身は弟子をとらないと拒絶される。

その後、三年の間、形意拳老師を捜し続け~高手の李存義が北京に来るというので、人を介して会うことになった。が、尚雲祥の体つきが余りにも小さい(身長160cm未満⇒実戦で不利⇒門派の恥になる)ので相手にされなかった。その後、李存義の師兄弟の周明泰のとりなしを得て、入門を許される。

父親が亡くなった後、練習に夢中になり過ぎて商いは経営不振となり、僅かなアルバイトを繋いでの生活は苦しくて靴も買えず~裸足で練習をしていた。その影響で、足裏は鉄のように固くなり、「鉄脚佛」という呼び名がついた。

苦練を積んで、三十歳を過ぎる頃には群を抜いた武芸を身に付けた。

李存義と程延華は、共に董海川の門下弟子。この繋がりもあって、尚雲祥は八卦掌も学ぶことになる。
孫禄堂は、彼の八卦掌を「我が友、尚雲祥の劲力の剛猛さ~右に出る者はいない」と著書に記述。

形意拳を学んだ後、腕試しを挑んでくる者はいなかった~という文章が残るほどの高手。
高級官吏や銀行などのガードマン、探偵、武術教師などを生業としながら、1937年に死去。

★後に、大学の武術講師として採用されたのですが、、、
その時の様子を「徐浩峰」が書籍の中で描いています。。。
http://takeichi3.exblog.jp/22883873/
by takeichi-3 | 2014-09-11 23:56 | 偉人たち | Comments(0)