北京で太極拳

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週末には、少林寺武術。。。海灯法師

「呉図南」の映像を捜していたら、、、
呉図南(呉鑑泉と楊少侯に学ぶ)、李子鳴(八卦掌宗師、薫海川の弟子)、袁敬泉(炮捶拳)、孫剣雲(孫禄堂の娘)、海灯法師(少林寺功夫)が楽しそうに表演している映像があって、、、




出自は、中央新闻映画が製作したドキュメンタリー≪少林海灯法師≫



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≪海灯法師≫。。。調べてみましたが、、、

7歳の時に、母方の伯父より武術を学ぶ。
17歳で四川法政学校(現四川大学)文学系に入学。在学中、四川に雲遊してきた道士「智涵子」や少林寺和尚「汝峰」等からも武功を学ぶ。

22歳の時に四川省の寺で出家。法名海灯を授けられる。
習武に専心、一指禅功、童子柔功、梅花桩拳の三大绝技を身につける。

1945年、四川省にある名山古刹を訪問して、武術を伝える。
1946年、河南嵩山少林寺を訪れた際に、住持德意長老より国術教授として招かれる。

中華人民共和国成立後は、多くの武術大会に参加。上海市体育宮武術コーチも任される。習武と共に、仏学や医学、文学を研究し続け~1967年に四川省に戻り、故郷の江油県重華村の山边に庵≪本愿精舍≫を結ぶ。

1979年9月、香港長城映画会社と峨眉映画会社が共同制作した記録映画≪四川奇趣録≫に、弟子と共に出演して、「二指禅」「童子功」などを披露している。

1985年、中国映画代表団のアメリカ訪問において、弟子の一人が、清朝185cmのアメリカ人を簡単に打ちまかし~「少林寺旋風」を巻き起こす。

晩年は、江油市海灯法師武術館長、観雾山極楽寺の住持を務める。

北京晚報は、1983年に「海灯法師伝」を長編小説の形で掲載。
1984年、中央新闻映画がドキュメンタリー映画≪少林海灯法師≫を撮影した。
1987年には、全二十回の連続ドラマ「海灯法師」も放映される。

1989年、海灯法師が死去すると、、、
法師の経歴などに多くの疑問がもたれるようになる⇒年齢詐称、少林寺で修行して住持になった、巨額の隠し財産がある等~これらは、調査の結果、戸籍通りの年齢、お布施は全て寺の修理や近隣の道路工事などに費やしていて、自身は贅沢な暮らしをしていなかった判明したが、、、少林寺に関する供述については、本人が語った事柄を実証できる資料は見つけ出せなかった。

映像に映っている「一指禅」は、足首を紐で縛って吊り上げていた~と、弟子の一人が供述。
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思いがけない結果になりました。。。((((((^^;
by takeichi-3 | 2014-09-13 23:55 | 偉人たち | Comments(0)