北京で太極拳

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陳王廷。。。陳家溝

太極拳創始者は張三豊ではなく陳王廷と主張する陳家溝発の映像が立て続けに出現しています。
その先駆け的な動画。。。



映像内容とは一致していませんが、、、≪陳王廷≫
陳家溝、陳氏始祖陳卜の九世孫。
陳卜は、西澤州郡(晋城)東土河村の出身だったが、戦乱などで村人と共に追われて移民~戦で荒れ果てた地に移り住み開墾~その忠厚な性格と武功により村人たちの尊敬を集めて新村は“陳卜庄”と呼ばれるようになった~が、二年後にはその土地を捨てて全家で移動~現在の陳家溝に落ち着いた。

陳家拳は、陳王廷の時代に大いに発展。
祖父と父親は共に明朝の下級官吏だった。四人兄弟の二番目。幼い頃から聡明で勉学に励んだ。武術の才能は抜きんでていた。また、諸子百家や経史子集など~淵博な学識を身に付けていた。

青年期には山東省一帯の鏢(用心棒)として名を馳せ~「二関公=関羽を継ぐ」と呼ばれていた。
明朝の武挙試験で、騎乗したまま矢を射た時、九箭ともに的に当たったにも関わらず、賄賂を受け取った検査官は三回しか太鼓を鳴らさなかった(=三回しか当たっていない)ことに怒り、検査官を切り殺してしまい登山崇山に身を隠した⇒この時期に、少林寺拳も身に着けたと予測されている。

清朝になって、年老いた陳王廷は、故郷に戻って隠居。
民間武術を研究し、家伝の拳と融合させた新しい套路を創った⇒武術、医術、文化が三合~理根太極=太極拳。
by takeichi-3 | 2015-03-24 23:58 | 偉人たち | Comments(0)