北京で太極拳

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甘鳳池。。。清代著名武術家

武術関係の書籍に「武術家甘鳳池:清初著名武術家」という言葉があって。。。
以前にYOU-TUBEにアップしたことがある名前だなぁ~と。。。




f0007580_23593454.jpg★甘鳳池
中国十大武術家の一人として、その名を挙げる人も多いのですが、、、
その生涯の影響もあってか伝人が少なく~現存している拳が少ないそうです。

清代に呉敬梓が著した長編小説「儒林外史」では、、、
甘鳳池は南京人。その名は四方に知れ渡っていた「江湖大侠」
幼い頃に父母を亡くした。勉強は嫌いだったが武術が大好きで、早くから侠客たちと交流~十代で「提牛撃虎的小英雄」と呼ばれるくらいに腕を上げて、江南地方で評判になっていた⇒「花拳総講法」を著している。


漢人は習武してはならないという時代~その決まりを破ったことで清復明の疑いをかけられ、清兵に追われて長江下流の蘇湖地方に隠れ住んでいた。

清人王友亮の「甘鳳池小伝」によると、八十歳を過ぎて、ようやく故郷に帰ったと。。。

当時、浙東には多くの拳家(張松溪、单思南、王来咸、黄百家等~明朝よりの内家拳家=雄江南)がいると聞いた甘鳳池は、師を求めて浙東へと。。。

浙江余姚城には内家拳家の黄百家がいた。
黄百家は、著名な思想家、史学家である黄宗羲の子⇒黄宗羲は、清兵が南下する際に明軍に協力~明が滅亡した後には、息子の百家に武術組織を作って抗清継続を要求。黄百家は、王来咸を師として~内家拳を取得。その功夫は精深だった。

ある日、県城高斗升の旅館に打虎小英雄の甘鳳池が来ていると聞いて、旅館を訪れ~甘鳳池と手を合わせた後、鳳池を弟子として内家拳等の武術を伝授。

三年後、黄百家は甘鳳池に、、、
「私の技術は全て伝承した。ここより八十里の大嵐山上には、各地より多くの英豪が集まっている。行仁義之師(徳をもった正しい行い⇒反清運動)~その一身武芸を、世の為人と為に~天地を揺るがす事業の為に行うように」と。。。

師の言葉通りに大嵐山上に向かった甘鳳池は、その地で一念和尚を師として少林拳を学び~行侠仗義の人生を歩むことになる。

★甘鳳池花拳。。。

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1928年に製作された≪大侠甘鳳池≫という無声映画がありますが、、、
1分50秒過ぎに出てくる刀の発想~スターウォーズの剣(泰斗セーバー)っぽいです。。。(#^_^#)


by takeichi-3 | 2016-02-04 23:54 | 偉人たち | Comments(0)