北京で太極拳

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つむぐもの。。。

この映画、見に行きたいと思っています。。。(#^_^#)




映画に初主演した石倉三郎(69)がスポーツ報知のインタビューに。。。

俳優人生、48年。長い下積み時代もあったが、芸能界入りのきっかけは高倉健さんとの出会い。「もし健さんが元気だったら、初めての主役を喜んでくれたでしょう」。恩人の思い出とともに、自身の俳優人生を語った。

 ―初めての映画主演。

「正直に言うと、感じるのはワクワク感だけなんですよ。プレッシャーも不思議なほど、まったくなくてね。でもずっとやってきて、この歳での主演ですし。いつも通りに臨むことを心がけて」

―でも、何か少し違う感覚があるのでは?

「探すなら、ひとつだけね。主役の緊張感を覚えたのは、完成して試写を見た後。あ~お客さん来てくれたらいいなぁ、というね。実は、そんなことを真剣に考えたことって、ひとつもなかったんだよね」

―もし高倉さんがご存命だったら、何とおっしゃったでしょう。

「そりゃもう、喜んでくれましたよ。間違いなく。『お前、良かったなぁ』と言ってくれたでしょうね。今回、主役させてもらって、健さんは常に主演でお客さんを呼んでいた。改めてすごい俳優さんだったんだ、だからスターだったんだな、と。痛感しましたよ」

―本名は石原三郎。芸名・石倉の「倉」は高倉さんからですね。

「単純な話ですよ。撮影所に入った当時、東映の事務方にも石原さんという人が。電話で名前を呼ばれ、その度に自分が行くと、取り次いだ人が『お前じゃねーよ、バカヤロウ! 面倒くせえから、名前変えろ』と。え? 芸名ですか? 『そうだよ、何か決めろ』と」

―急な話ですね。

「じゃあ、考えて来ます、と言ったら『いまここで考えろよ!』と。一応、字画とか…。『能書きたれやがって。何でもいいんだよ。お前、健さんの紹介で来たんだろ?』。ハイ。『字、もらいに行け。いいんだよ』。それでその場で“石倉”に。健さんに、こうなりました、と後で伝えたら『オッケー』と。それだけ。事後承諾で、流れ作業的でしたよ」

―東映を離れ「コント・レオナルド」でブレーク。このときも高倉さんから何かあったのですか。

「ええ。もちろん喜んでくれて。突然、電話が掛かってきましてね。『良かったな』って。ありがとうございます! 『頑張れ』。ハイ!ってな感じで。でもこの電話よりもね、一番びっくりしたのは、私の住んでたアパートの電話番号を知ってたことですよ。忘れずにいてくれたのか。なぜ知っていたのか。すごい人ですよ」

―今回の映画では、人との交流を避けて生活する非常にガンコな人を演じました。

「部分的には自分と重なり合うところもあるんですよ。でも、ここまでかたくなにならなくてもね。頑固すぎますよ。強い男なんだろうけれどね」

―病で倒れ、後遺症と闘う演技も大変だっただろうと想像します。

「全然。いちいち考えず、とにかく自分にできることをやるだけ。だって完璧にできるとは思ってませんから。でも闘病の地獄の苦しみは、分かる気はしますよ。自分がもし、なったらどうしようか。嫌だし、介護される側に回るのはつらいなと思うしね」

―改めてご自身の経歴を振り返ってみて。

「いままでに、きちんと計画立てて仕事したことって、1度もないんですよ。ずっと食うのに困ってやってきた感じでね。でもいま、コントやっている時に見てくれていた若い監督もどんどん活躍している。下積み時代の仲間はほとんどこの世界にいませんけれどね。今回のようなお仕事が来ると、やっぱり続けてきて良かったな、と思いますね」

―今作を機に、また違ったお仕事の出会いが生まれるでしょう。

「来たオファーは、出演を考える以前に大いに前向きですよ。私クラスの人間は『台本読んでから』とか、悠長なこと言ってられない。本当には性格俳優になりたいんですけれど、これからもずっと、自分は“生活俳優”だと思っていますから」
by takeichi-3 | 2016-03-20 23:59 | 中国映画音楽 | Comments(0)