北京で太極拳

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葉問最後の中国国内弟子。。。郭富

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葉門の弟子といえば、ブルース・リーが最も有名ですが、、、

葉問が香港に居を移す前、、、
仏山で中国内地では最後の弟子(七番目)となった郭富(1919~2011)が、九十歳の時に語ったエピソードなど。。。


葉問が教拳をしていた花紗店の隣にあった糖面店で働いていた郭富は、收徒を許された嬉しさから、
大声で「師父!」と叫んだところ~「師父と呼んではならない」と、葉問に厳しく窘められた。

後に、同門の人が、「葉問はとても謙虚なので、弟子が師父と呼んだりするのを嫌がる。だから、決して呼ばないように~自分たちは、問叔と呼んでいる。」と教えてくれた。

当時、拝師式に際しては、香を焚いて師父の前に跪く~という儀式が普通だったが、葉問はこれを省いて、郭富の学費を節約してくれた。

葉問が広州と仏山で収徒したのは合計で七人。六人の先輩たちプラス郭富。
七人の中で功夫が最も優れていたという郭富は、後輩たちに葉問の大徒弟と尊称されていた。

二十歳で葉問に弟子入り~三十歳前には、広州&仏山では高手として名を馳せていた。
葉問も特別に目をかけていて、郭富が勤めていた店舗が潰れ~故郷の夏教堡に戻った後には、度々彼を訪れて教拳。晩年にも訪れていた。

現在、その技術を慕って、多くの愛拳家がやってくる。

どうして、先輩たちよりも功夫が高くなれたのか?
郭富の息子郭偉湛によると、、、
・私塾で長く学んでいたので、拳譜等文字で書かれた物の理解度が高かった。
・家庭環境は貧しく~学べる機会を大切にしていたので、艱難辛苦に耐えられた。
 ⇒当時の武練は実戦がメイン~入門したての頃は、毎日飛ばされて傷が絶えなかった。
・呑み込みが早い⇒天賦の才があった。

★そんな、郭富の映像~埋め込みできないので、こちらへ。。。効果音が煩いですが~(^^;
https://www.youtube.com/watch?v=DRYkzHIQ1W0
by takeichi-3 | 2016-05-09 23:52 | 偉人たち | Comments(0)