北京で太極拳

takeichi3.exblog.jp
ブログトップ | ログイン

劉家良。。。中国武侠映画人物志

先日紹介した《袁和平》とは異なる風格のアクションを追及した功夫映画監督《劉家良》
時間が無くて、初監督作品までの説明しか出来ませんでしたが、、、m( _ _ )m



中国武侠映画の一代宗師《劉家良》
その名を不動にした《南北少林》以前の作品⇒《十八般武芸》《少林三十六房》

南北少林寺撮影以前、劉家良は、自身が身につけている武芸の映画を撮りたかった~拳のみではなく武器も~この作品、十八般武芸はショーブラザーズで一番のチケット売り上げを記録した~練武経験者は、教義、何故を知っていなければならない~練武者は他と争ってはならない。闘わなければ、練武者だとは悟られない。稼ぐ為のものではない~稼ぐのは仕事で。強身健体が目的。そして、最も重要なのが自己抑制。

観客たちの功夫のイメージは、硬脚硬橋(鍛え上げられている⇒南拳系の言葉⇒しっかりとした基礎)~飛ぶ~これは程小東系。打ち合いが好きなのは袁和平。

父親の功夫は本物。
それを、ず~と追及して撮影を続けてきた。武術映画以外を撮ったことはない。

1980年代、アクション映画がもてはやされた時代~サモハン、ジャッキー、程小東、袁和平は、新しい感覚の武侠映画を追及したが、彼らの先輩に当たる劉家良は伝統的な武侠映画にこだわった。

私は、中国の伝統、武術功夫を撮りたかった。それを消失させてはならない。師父は師父。先輩は先輩~それが伝統。私は子供の頃から、敬師を大切にしている。

私の師父は父。七歳の時、南派洪拳を学び始めた。
1949年に香港に来て~これといった仕事もなくて~父の友人が、武術館を開いたらと言って~身体を使って稼いだ。生活は苦しくて~姉二人、弟一人、妹二人の六人兄弟。姉や妹たちを学校に行かせるため、自分は学校に行かずに、武術館で教拳。

劉家良の父親劉湛は香港で有名な拳師~功夫映画にも出演していた。その影響で、劉家良も早くから映画に顔を出すようになる。

父が撮影していた時、もっと見ごたえがある画面にならないか~という成り行きになった時、「ここにいる息子が~」。。。1957年だったと思う。

その後、百近くの映画に出演。1963年、《南龍北鳳》で、初めて武術監督を務める。


★硬脚硬橋。。。
周星馳の功夫に出演していた「趙志凌」の父親「趙教」の姿⇒黄飛鴻の弟子「林世栄」に学ぶ。


by takeichi-3 | 2016-09-24 00:08 | 中国映画音楽 | Comments(0)