先日紹介した楊式第四代伝承者≪賈治祥≫。
大架、中架、小架、快架、提腿架、炮錘、撩挎八卦掌、短打、散手、推手、大捋、太極内功、刀、剣、槍、杆等~楊班侯の身体鍛錬法を次世代に伝え残しています。
≪提腿架≫
腿功&桩功となる套路。
片方の足を収める⇒膝を肋骨まで上げる⇒軸足を曲げて~仆歩⇒尾閭中正、含胸抜背を維持~前のめりや、後ろに反らない。
≪大架子(低勢)≫
百年以上も前、楊露禅は自身の功夫を、長男の楊鳳侯、次男の楊班侯と三男の楊健侯に伝えた。
その後、最も流伝して広まったのは、楊健侯とその息子の楊澄甫が定めた養生的要素を備えた拳架。
現在、楊班侯による小架や楊鳳侯(早逝)の拳架は殆ど見かけることがない。
楊班侯に関する書籍は、「太極拳九訣八十一式注解」があるのみだが、1958年に発行されたこの書籍を見つけ出すのは難しい。
楊鳳侯の書籍は一冊も無く、その名が著されている文章もごく僅か。
楊振鋒による「楊氏太極拳剣刀」の中、
“楊氏太極拳は、太極拳の中の一つの流派。第一代宗師楊露禅と其の子楊班侯、楊健侯、其の孫少侯、澄甫の三代により創り出された”⇒楊鳳侯は出現しない。
早逝した楊鳳侯は、父親の楊露禅から長男としての希望を託され~厳しく太極拳を仕込まれた。
当時の拳架には、まだ、陳式太極拳が色濃く残っていた。拳を継ぐ者としての苦練~技撃実戦が伴う練習は、後の北京宮廷に伝わった拳とは様相が異なっていた⇒原始の拳は「楊氏太極拳」、健康運動要素が含まれてからは「楊式太極拳」というような区別がされている。
この「架子低=姿勢が低い」な動きは、楊鳳侯、楊班侯が行っていた太極拳。
まるで、地にへばりつくような~楼膝拗歩、搬攔錘、倒攆猴、单鞭下勢等~臀部は地に貼りついている⇒形意拳の龍型歩の様に~馬歩は四平馬、虚歩、弓歩も極力低い。
歩法は虚実分明、転換清晰。両腿転換時は実であり虚であり~脚を出す時、虚実は必ず分清⇒左腿(右腿)が実=重心は100%、右腿(左腿)が虚=重心は0⇒これで、立身中正穏健&“迈補如猫行”となる。
転身時、頭は上に。脚根が軸。前脚裏は微かに地面を擦る~浮いていてはならない。
歩幅は大きく⇒大歩幅によって圓裆開胯となる。活腰緊背,強腿健足,力由脊発,歩穏如山。
強度が高いので、高齢者には向かない訓練方法。一般でも長期の練習に耐えられる人は少ないが、姿勢が低い沈身動作が多いので、内気が沈入丹田となる。