北京で太極拳

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全家福(家族集合写真)。。。


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多分、5~6歳?
教会に通い始めた頃のクリスマス会の模様。

多分、星の精か三人の博士の役だったような。。。

その後、マリア様も演じているはずなのですが、手元にあったのはこの写真だけでした。






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これは、従兄弟の運動会に出かけた時の家族+αの写真。

「赤穂浪士の討ち入りの日が誕生日。」と、言っていた父の誕生日は今日。

でも、54歳という比較的若い年齢の時に、この世を去っています。




男5人女2人の7人兄弟の5番目。産めよ増やせよの時代。数多くの男の子を産んだ祖母は、“富国強兵の母”として表彰されたそうです。

相当にワンパクだったらしく、歳若い担任女性教師に向かい「この白粉ババア!」という言葉を浴びせて泣かせたりしたこと等はしょっちゅうで、その都度、祖母は学校から呼び出されていたとか。

第二次世界大戦時には中国に行っていたそうで、時々、当時を振り返りながら、
「終戦後、捕虜収容所に入っていた時、戦争中に食糧を分けてあげていた中国人がやって来ては米や野菜や鶏を差し入れしてくれた。人間、本当に、どんな情況であっても人に対しては親切にしてあげないといけない。」と語っていました。

“人に対して~”は理解出来るのですが、“中国人が~”という状態がどんなものなのかは長い間、推測すらも出来ずにいました。

それが、ここ最近の北京での滞在が増えることによって分かり始めてきたのです。

人と人との距離感が違うというのか、、、
親しくなればなるほど、商店の店員さんであっても家族のように気遣い親切に接してくれるようになります。

身内でもないのにプライベートな事柄にもこだわりなく入り込んでくるその至れり尽くせりの態度に、初めのうちはとまどっていましたが、それを暖かいものと感じられるようになるにつれて、父が受け取っていた優しさってこれなのかなぁ・・・と思いを巡らすようになりました。

私も又、こんな形で中国と関わることになるとは、子供の頃には予測もつかなかった ^^


※久し振りに太極拳から遠去かっていた昨日今日。明日からは最後の追い込みに入ります。
by takeichi-3 | 2006-12-14 22:59 | いろいろ | Comments(0)