北京で太極拳

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一の酉。。。


今日も朝からパタパタ。
f0007580_2261140.jpg朝食をいい加減に摂ってしまったせいで、外出したと同時に空腹感が、、、

新製品だというマックラップの写真に吸い寄せられてしまい、久~しぶりにマクドナルド。

注文を済ませて待っていると、隣のレジの女子高生もマックラップを頼み、「あ、この携帯クーポン割引で!」

ん?何だ、ソレ???
http://www.mcdonalds.co.jp/fanclub/mcd/index.html
ふ~ん。会員になると、色々な得点があるそうです。

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朝から雨が降ったり止んだりしていました。
そういえば、今日は、“一の酉”。

流石に客足少な目。

写真中央には、何故かインド人女性の姿が。
多国籍な住人が多い中野ならではデス。


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そして、酉の市といえば熊手。
売買交渉が成立した後、手締めする威勢のいい声が響いていました。


酉の市の由来は、神道と仏教の双方から、それぞれ異なる解説がされる。
神道の解説では、大鳥神社(鷲神社)の祭神である日本武尊が、東征の戦勝祈願を鷲宮神社で行い、祝勝を花畑の大鷲神社の地で行った。これにちなみ、日本武尊が亡くなった日とされる11月の酉の日(鷲宮神社では12月の初酉の日)には大酉祭が行われる。また、浅草・鷲神社の社伝では、日本武尊が鷲神社に戦勝のお礼参りをしたのが11月の酉の日であり、その際、社前の松に武具の熊手を立て掛けたことから、大酉祭を行い、熊手を縁起物とするとしている。

仏教(浅草酉の寺・長国寺)の解説では、1265年(文永2年)11月の酉の日、日蓮宗の宗祖・日蓮上人が、上総国鷲巣(現・千葉県茂原市)の小早川家(現・大本山鷲山寺)に滞在の折、国家平穏を祈ったところ、金星が明るく輝きだし、鷲妙見大菩薩が現れ出た。これにちなみ、浅草の長国寺では、創建以来、11月の酉の日に鷲山寺から鷲妙見大菩薩の出開帳が行われた。その後1771年(明和8年)長国寺に鷲妙見大菩薩が勧請され、11月の酉の日に開帳されるようになった。

実際は、花畑の鷲大明神の近在農民による収穫祭が江戸酉の市の発端といわれる。鷲大明神は鶏大明神とも呼ばれ当時氏子は鶏肉を食べる事を忌み、社家は鶏卵さえ食べない。近郷農民は生きた鶏を奉納し祭が終わると浅草寺観音堂前に放ったのである。このように鶏を神とも祀った社は、綾瀬川に面しているため水運による人、物の集合に好適であった。そのため酉の日に立つ市には江戸市中からの参詣者も次第に多くなり、そこでは社前で辻賭博が盛大に開帳されたが安永年間に出された禁止令により賑わいは衰微する。

かわって、酉の市の盛況ぶりは浅草長国寺に安置された鷲ノ巣の妙見菩薩へと移り、最も賑わう酉の市として現在に至るのである。また浅草鷲大明神の東隣に新吉原が控えていたことも浅草酉の市が盛況を誇る大きな要因であった。時代が下るにつれ江戸の各地で酉の市が開かれるようになり、今では関東の多くの寺社で開催されるようになった。
このように酉の市とは、秋の収穫物や実用の農具が並んだ近郊農村の農業市が江戸市中へと移行するに従い、招福の吉兆を満載した飾り熊手などを市の縁起物とする都市型の祭へと変遷してきたのである。
by wikipedia m( _ _ )m。。。
by takeichi-3 | 2007-11-11 22:53 | いろいろ | Comments(0)