北京で太極拳

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白雲観“道教と太極拳”


北京の白雲観です。
中国道教の総本山でもあります。
日本人観光客の訪れは少ない場所ですが、境内の静けさと趣の深さは格別なものがあります。地下鉄“復興門”から徒歩でも行けますので、是非、是非、一度お出かけ下さい。
(写真は、三清殿)
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ブログには写真があった方が良い!と、多数の方からのご指摘を受けて、今日から挑戦。
してみたのですが、ど~も、不慣れで。。。
バランスが悪かったり~としても、暫くは、我慢して下さいませ。

太極拳と道教には、密接な繋がりがある。。。と言われています。
本来は別々に派生したものが、いつの頃からか太極拳が道教の教えに則した表現をとるようになったという経緯を聞いた事もあります。

老子や荘子関係の書籍を読むと、その教えの中には、確かに太極拳の真髄と共鳴する部分を見出す事が出来ます。昔の武術家の方たちは、身体の鍛錬と並行して精神的な鍛錬の指針としていたのでしょうか?数多くの興味深い言葉と巡り合えます。

特に面白いと思ったのは、“大器晩成”
一般的な解釈だと、“年齢を重ねた後に、ようやく名を成す”とされています。が、私が書籍から読み取ったのは⇒完成が遅くなればなるほど、器は成長を続けられる⇒完成してしまうと、それ以上は大きくなれない(それ以上の知識を収納できる余裕がなくなる)と、いう考えでした。

70歳を越える中国の老師の方々が、「まだ、まだ、」と口にするのは、この思想から来ているのでしょうか。。。

自分で“私は完成した!”と思い込んでしまうと、その時点で、その人の成長は止まってしまうということなのでしょう。。。(“実るほど頭を垂れる稲穂かな”⇒表現こそ違え、同じ戒めを持った言葉のような気がします)

この宇宙でさえも、未だに成長を続けているという噂。
その一部である私自身を、“未完成”ではなく“発展途上”と表現したいものです。
by takeichi-3 | 2006-02-11 23:50 | 太極拳 | Comments(0)