北京で太極拳

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2009年 06月 09日 ( 1 )

武式太極拳。。。


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きょうもネット難民。

ネット管理事務所に、
「国外のサイトに接続できない~」と訴えたら、
「今処理中なので、2~3日で回復する。」と、、、
素っ気ない答え。
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難民期間。食事は洋食系。
コーヒーお代り付き。

デザートしてしまいます。(^^;


昨日から始まった武式“46式”

f0007580_22452035.gif「左手も右手も正中線を越えない。前の手は膝(つま先)を越えない。一度下(足裏)に落とした力(気)が自然に還ってくるのを利用して蹴りだす。」
f0007580_22464657.gifと、こんな感じで始まりました。

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武式の創始者と言われている武禹襄は、河北省永年県の名家出身。三人兄弟の末っ子。長兄は河南省舞陽県知事、中兄は四川省司員外員。兄弟三人子供の頃から文武を嗜み、皆、どちらもよくこなした。
当時は、陳家溝で拳術を取得して帰郷したてきた楊露禅が柔拳(軟拳)を教え始めた頃。武禹襄は楊露禅から陳式(老架)を学んだが、より詳しく理解したいと考えて、長兄を訪問するついでに陳家溝に立ち寄り楊露禅の師父“陳長興”に教えを請うものの、高齢で病に侵されていた陳長興には伝授する力が無かったので、知り合いの紹介を頼りに趙堡鎮に赴き“陳清平”に小架式を習うことになる。

言い伝えによると、彼が趙堡鎮に着いた時、拳師となる“陳清平”の家族の一人が無実の罪で捉えられていたのを長兄の力を借りてのを助けた。このことから陳家は武禹襄に感謝し、心を尽くして彼に拳を伝授。

ほどなく、陳式の拳、拳理を理解して帰郷した武禹襄は、故郷の永年県に戻って、陳式小架式を基礎として、中兄が再発見したという王宗岳の“太極拳譜”の拳理を用いながら指導。検証を繰り返した。

太極拳の“精華”とも呼ばれているのに、伝承者が少ないという武式。
楽しみです。(――)!

武式の詳細については、こちらにも。。。
http://www.peoplechina.com.cn/zhuanti/2008-12/30/content_172673.htm
by takeichi-3 | 2009-06-09 22:56 | 太極拳 | Comments(1)