北京で太極拳

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2017年 04月 18日 ( 1 )

武術健身。。。中国最初の武術雑誌

1981年創刊、中国で初めての武術雑誌≪武術健身≫
※表紙趙長軍の鷹爪拳と張小燕の蛇拳。。。(#^_^#)


f0007580_23375068.jpg1979年、広西省南寧で第一回全国武術観摩会が開催され~全国に武術熱が広まった。1980年に二回目となる大会が山西太原で開催された時には、200人以上の選手が、南拳北腿、各種器械など517項目を表演。会場は観客で賑わった。

武術熱は映画少林寺によるという人もいるが、映画が公開された1982年以前に、既に人々の武術への関心は高まり、書籍を求める人が増えていた。

老拳師や出版関係者たちは、伝統武術を広く伝播する為、習武健身の資料とする為、新中国成立以降、初めての武術系雑誌を創刊~以降、最高時の発行部数は198万冊にまで達した。


★武術系の内容は捜索できませんでしたが、健身系~馬礼堂老師が担当したようです。



《馬礼堂》
1903~1989年
河北省河間县馬户の農民家庭の生まれ。
7歳で父を亡くしたが、血筋に中医もいたことから、それなりの知識を学んでいたはず。

幼い頃より、少林潭腿、華拳を学び、13歳からは張兆東より形意拳と八卦拳を。
1931年、張兆東の紹介により郭雲深に拝師。その後、河北大学武術教授&河北省武术館館長の劉為祥より形意拳を。その外、太極拳名家劉采臣より太極拳を。南北大侠杜心武より推手を学ぶ。

華北大学教育系に入学。華北武術研究会を組織。孫禄堂、尚雲祥、劉采臣、恒寿山、許禹生、張策、郭樹棠等の武術名家を講師として招聘。共に武術を研究した。

抗日戦争&解放戦争で活躍。
解放後は、万寿山高干療養所で働き、全国工商連中医顧問などを務めた。
中医と気功を併せ、当時のトップたちを治療して称賛される一方、誰れ彼れの区別なく一般の人たちにも精心施治していた。


by takeichi-3 | 2017-04-18 23:58 | いろいろ | Comments(0)