北京で太極拳

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カテゴリ:偉人たち( 117 )

李秉慈老師と。。。中国文化と太極拳

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何となく~黄色っぽい空を見上げなら出発。
練習場所に足を踏み入れた途端、小花がスリよって来ましたが~こんなことは初めて。

老師が一足先に来ていたので、相手をせずにいたら、
ほどなく、公園のベンチで休んでいる人の膝に顔を埋めていました。
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どちらかというと人に近づかないほうだったのに~
それから、一時間も経たないうちに本格的黄砂。

人気のなくなった公園。
猫たちは、こんな恰好で凌いでいました。

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昨日、知り合いが北京にやってきていたので、、、
太極拳練習をしている会場まで挨拶に~

会場入口で、以前に教わったことがある李秉慈老師に遭遇。
「※※サンいますか?」
「あ。あ。。。あそこに~」
知り合いの拳式を担当していました。

15分ほどで終了するという講習を傍らで参観。
「形の基本は太極拳理論の何に照らし合わせればよいのか?単鞭の鉤手を例にとるなら“沈肩墜肘”が出来ているかどうかを確認~このようにして中身を充実させていかなければならない。太極拳理論に沿った身型になって、初めて劲が通るようになる。」

ウンウンと頷いていたら~
「太極拳は中国文化そのものだ。分かるか?」
と、振り向かれ、、、(((((^^;

偶然、直前に路辺で買い込んだ経絡図を持っていたので、
「老師、これを見てください。今買ってきたんですが~、一枚2元で売ってましたよ。」
「それは安いな。どこで、買ったんだ。」
「すぐそこの同仁病院の前で売っていました。で、で、例えば起勢は呼吸との協調一致(立身中正ちう情況下で)をさせることによって小周天に気を巡らせることができます。
手腕も捻じりなどにより緊張と展開(放松)を繰り返すことで血液やリンパの運行を促しているので健康に役立ちます。“中国医学⇒陰陽のバランス=中国思想”を取り込んでいる太極拳は間違いなく中国文化の結晶です。」
「そう、そう~」
と、5分程度ですが楽しく交流することができました。

最後に、
「実は、宗維潔老師に太極拳を習っています~」
と告げたら、、、
「あ~。。。どこかで会っているはずだと思ったら~」
と、、、ハッキリ、思い出してくれました。

前回の訪中時に受けた、張広徳老師の気功理論講習に救われました。(#^_^#)
by takeichi-3 | 2010-03-22 23:49 | 偉人たち | Comments(0)

太極拳宗師“陳小旺”。。。


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家の近くの公園。練習場所になっている公園。
ともに、猫増殖中。
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子猫を多く見かけます。
猫、嫌いじゃないですが、、、

野良猫たち。
目を病んでいる猫が多いような気がします。


CCTV(中国中央TV)の新シリーズ。
太極拳宗師“陳小旺”
太極拳迫害時代の苦労話もあったり、、、見ごたえがあります。


by takeichi-3 | 2009-08-18 23:40 | 偉人たち | Comments(0)

董海川。。。八卦掌創始者


昨晩、突然、学校のネットが接続不可になりました。(--)。。。

f0007580_7562654.giff0007580_7583226.gifで、改めて。
八卦掌創始者、「董海川」物語など。。。

八卦連環拳(略称:八卦掌)の創始者と言われているのは、董海川。
1797年10月13日生:1882年没。河北省文安県朱家坞人:幼い頃から武術を好み、各地に有名な老師を訪ねながら多種の武術を取得。完整された拳術の練習用套路を作り上げました。

董海川は故郷で殺人の疑いをかけらて北京に逃亡。宦官の家に素性(武術家)を隠しながら仕えた時、肃王(皇帝の親戚)の家で武術表演会が催されたことがありました。
武術家たちの見事な表演。蟻が這い出る隙間もないほど大勢の観客が犇めいている中、肃王にお茶を持ってくるように命じられた董海川は、片手に盆、片手に茶壷(ポット)を携えて、軽々と飛ぶように停まることなく近づいて来る彼を見て、

肃王は、
「お前も武術を嗜んでいるのか?」と、、、
「ほんの少しですが~」、、、
「では、この場で披露してくれ~」

左へ右へと翻る身体、音もなく敏捷な歩法、神出鬼没な変化を遂げる手法。
身体を右に左に回転させながら、ある時は高く(一丈)、ある時は低く(鷹が林に突っ込んでいくようなスピードで)、行雲流水、滔々と不絶な表演に観客は口をアングリ、静まり返って見とれていた。

「この拳は何という名前なんだ?」
まだ名前など考えていなかった董海川は、思いを巡らし「八卦掌」と答えました。

と。。。このような逸話が残っています。
以降、肃王府警護隊長となった董海川の名声は広まり、尹福や程廷華といった高弟たちにより発展を遂げていくことになります。f0007580_820398.gif
あ。授業に行く支度をしなければ。。。
by takeichi-3 | 2009-05-19 08:22 | 偉人たち | Comments(0)

孫禄堂逸話。。。

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朝の富山駅。
特急はくたかの到着をまっていたら、向いのホームに入ってきた車両のボディには日本海らしいペインティングが。

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今回のお土産。
旅先では必ず立ち寄るスーパーで。
ブリと鱒の三角寿司、とやま牛乳、加賀産蕎麦、無添加野沢菜、塩鮭。


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電車の中では孫禄堂の逸話集を読んでいました。
優れた才能を備えていたという孫禄堂、数多くの逸話が残っているようです。


本来武術家の功夫といえば下半身の強靭さと比例しています。
孫禄堂のそれは比類なく優れたものでした。

f0007580_017165.jpg孫が住んでいた場所は師匠の家から200里という距離でしたが、日々の錬功の中で一たび疑問が生じて自分自身では解決ができない時、即座に師父の家へと赴きました。
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道が遠いからと、躊躇することはなく。。。
貧しかったので、少しの乾燥穀物を持ち~途中、それで補給しながら、二百里の道を休むことなく一気に~師父の家に着くや否や疑問をぶつけ~それが解明すると留まることなく、即刻、帰途~

往復四百里になる行程、孫禄堂にとって、一般の三~四里に感じられる距離だったようです。

時間や場所に捉われることなく練習に打ち込んだ結果、功夫は粋熟して絶境へと。。。

七、八歳の頃から少林拳を学び~飽き足らず“李奎元”とその師でもある超絶奇才“郭雲深”に形意拳を学び、北京の程廷华の名声を慕って八卦掌を習得。楊健侯の太極拳に感動し、武式太極拳の達人郝為真に太極拳を。。。

彼の武術に対する姿勢は「千里万里山州川県」
優れた武術家がいると聞けば何処にでも出向いていきました。

その後、形意拳、八卦掌、太極拳を融合させた独自の拳を創造。
「三劲一理、皆為中和真一之気一以貫之、純以神行之道」

★こちらも、是非⇒ http://takeichi3.exblog.jp/21436462/
by takeichi-3 | 2008-11-17 23:42 | 偉人たち | Comments(0)

呉鍳泉逸史。。。


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流動食で過ごした一日。
あ。。。実態感のあるものが食べたいです~(T_T)...

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呉式の快拳(速拳)が面白いと聞いて探していたら、“呉鍳泉先生逸史=世に知られていない事柄”という文が。

1979年。上海精武大会に招かれて、滞在していた中華公記倶楽部の屋上に籐椅子を持ち出して暑さを凌いでいた時、従業員がやって来て、「ジィさん。ここは寝る所じゃない。」と注意したのですが、上海語が分からないかった呉鍳泉は返事をしませんでした。その態度に腹を立てた従業員は、いきなり呉鍳泉の手首を引っ張りましたが太極劲によって地面に叩きつけられてしまいました。
「手を出したな~」と言い残した従業員は、6人の仲間を連れて戻って来ました。これを見た呉鍳泉が、「一体何をしたいんだ?」と口にした途端、従業員たちは一斉に殴りかかってきましたが、これもまた次から次に倒してしまったのです。
この騒ぎを聞いて駆け付けた上海の名士蘆洽卿は、「この方は私たちが招待した武術老師だ。6人が12人になっても敵いはしないのに。」と言ったとか。

で、“呉式快拳”は見つからなかったのですが、“全佑老架太極拳”という映像が、、、
「何でもアリの呉式」ともいえる架式が堪りません。(((((^^;
一昨日の趙堡拳といい、香港武術大会を見に行ってみたいものです。


by takeichi-3 | 2008-10-30 23:40 | 偉人たち | Comments(6)

李秉慈老師。。。呉式

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オリンピック一色だった中国ネットの話題の中にも月餅が登場するなど、少しずつ秋の気配。

大型スーパー“カルフール”の今年のお薦めは、“稲香村”の“你迷(虜になる)月餅”
10個入りで、29.8元。

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こちらは、月餅専門のネットショップ。
http://www2.bowenge.com/dxc.htm
自分の家で食べるというより、普段お世話になっている方への贈答品として使われます。

最高値は“好利来”の899元。
縁起のよい数ではありますが、、、
1万4千円は高過ぎです。(((^^;

他に北京ダックの“全聚徳”、洋菓子店の“金鳳成祥”、日本の“DQ=吉野家”も参戦しています。


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中国の太極拳関連ネットに、
先日、参加した講習会で、“含胸抜背”体得のきっかけを与えてくださった“李秉慈老師”の来歴を紹介する記事がありました。


若き日の老師表演⇒http://jp.youtube.com/watch?v=tZOdCQnABEE


子供の頃から虚弱体質だった北京生まれの李秉慈老師。
16歳になった頃には、頻繁に起こる眩暈や吐血の為に、余儀なく休学しなければならないほどまで体力が落ちていました。

休学後の1946年夏。
早朝に太庙(北京労働人民文化宫)を散歩していた時、多くの人が太極拳を練習しているのに出会いました。男女老人、子供、その参加者たちは様々。興味をそそられて話を聞くうちに、「太極拳は病気を治し、身体を健康にする効果がある。」と知らされ、“薬を飲んでも一向に良くなる気配がない自身でも健康になれるかもしれない”と感激。練習を始めることにしたのです。

一年が過ぎる頃には病は好転。二年目に楊禹廷老師と出会い師事することになります。
李秉慈老師は、太極拳学習と病気治療のためと、何年もの辛い訓練を続けました。
太極拳の技術が上がるに従って、いつか薬を飲まなくても眩暈や吐血といった症状も出なくなっていました。

1956年から始まった北京市の武術大会、三年連続で太極拳や太極剣で優勝を飾りました。1958年には北京市代表として建国十周年的全国運会に参加。この過程で病気の完治と同時に武術専門家としての名声を得ることとなりました。

その後は、北京大学、人民大学などで教鞭をとり、1974年6月,国家体委から派遣され、日本からの第一回目の訪中団に太極拳を教えました。

呉式太極拳の特色を現す、
“軽静柔化,緊凑舒伸,斜中寓正,川字步型”の16字は老師によるそうです。

今回の講習会で、
「下按となる手の指先を外側に向けるように(今までは前方向)」という説明がありました。
理由は、実践的に考えるとより力を発揮できるから。

今年79歳になるというのに、いまだに進化し続けていらっしゃいます。。。
最初の出会いは、25年ほど前。それから、数回。。。その練習は辛いだけでしたが、、、
ようやく、その価値が理解できるレベルになりました。m( _ _ )m
by takeichi-3 | 2008-08-22 23:45 | 偉人たち | Comments(6)

全佑。。。呉鉴泉の父


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呉式は、他の太極拳のように陰陽基準では動いていないという噂を聞いたので、調べていたら、“全佑”の記事発見。

全佑(1834-1902年)
老姓呉福。満族。北京大興人。

f0007580_23244065.jpg楊禄禅の元で大架を、その次男の元で小架を学び、真面目な姿勢と師父への孝心により非常に可愛がられ、楊式の優れた技を伝授された。

残されている文献によると、その性格は外柔内剛、上品で、好んで人の手助けをした。ある時、路上で軍人から暴力を受けそうになっている物売りを見かけ、停めに入ったものの、自分は武に通じているという自信をもっていた軍人からの攻撃を受けた時など、軍人が繰り出す足や手を駆使した技はまるで蜻蛉が樹を揺らしているようなもので、彼に当てることも出来なかったとか。

また、自宅で本を読んでいた時に、突然やって来た客を客間まで迎えに出ると、来客は素早く胸前で“礼”の印を。迎えた全佑も胸前で手を合わせようと・・・次の瞬間、ぶつかり合うような音が聞こえたと思うと、客人はもんどりうって客間の外に倒れていたとか。近づいてきた周囲の人たちが訳も分からずにいると、「礼を返そうとした途端、下腹に技をしかけてきたので~」と答えたそうな、、、恐るべし!!!

で、、、肝心の呉式の特徴。
動作は小架。他の太極拳のように腰を大きく回したりは少ない。
松静柔化。前腕を多用。開展と緊聚、捻りを利用することが多く、これは導引の経絡気血の通りをよくする方法でもあり、養生効果も得られるので、呉式太極拳を行う人には比較的長命な人が多い。発気や跳躍技はない。

f0007580_10125683.gifで、、、それだけ?
はい。まだ、まだ、理解が足りないので、単語の意味が理解できません。
by takeichi-3 | 2007-12-05 23:27 | 偉人たち | Comments(0)