北京で太極拳

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卒業写真


北京語言大学漢語速成班留学時の同学だった韓国人学生が、メールと写真を送ってくれました。全五週の授業を終えた“結束会”の様子が伝わるでしょうか?
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今回のクラスメートの大半は、冬休みを利用してやって来ている韓国の中国語専攻の大学生たちでした。
儒教の教えが色濃く残っている韓国で育った彼女たち。語るまでも無く、明らかに最年長だと分かる私に対して、皆、礼儀正しく接してくれました。

メールには、
  我們一起照的照片送給你~
  不要忘了我和我們班的同学 ^ ^v
  (皆で一緒に写した写真を送ります。私とクラスメートたちを忘れないで!)
と、書いてありました。

当然~!、謝謝你啊!!! m( _ _ )m
by takeichi-3 | 2006-02-12 14:10 | 留学(北京語言大学) | Comments(0)

白雲観“道教と太極拳”


北京の白雲観です。
中国道教の総本山でもあります。
日本人観光客の訪れは少ない場所ですが、境内の静けさと趣の深さは格別なものがあります。地下鉄“復興門”から徒歩でも行けますので、是非、是非、一度お出かけ下さい。
(写真は、三清殿)
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ブログには写真があった方が良い!と、多数の方からのご指摘を受けて、今日から挑戦。
してみたのですが、ど~も、不慣れで。。。
バランスが悪かったり~としても、暫くは、我慢して下さいませ。

太極拳と道教には、密接な繋がりがある。。。と言われています。
本来は別々に派生したものが、いつの頃からか太極拳が道教の教えに則した表現をとるようになったという経緯を聞いた事もあります。

老子や荘子関係の書籍を読むと、その教えの中には、確かに太極拳の真髄と共鳴する部分を見出す事が出来ます。昔の武術家の方たちは、身体の鍛錬と並行して精神的な鍛錬の指針としていたのでしょうか?数多くの興味深い言葉と巡り合えます。

特に面白いと思ったのは、“大器晩成”
一般的な解釈だと、“年齢を重ねた後に、ようやく名を成す”とされています。が、私が書籍から読み取ったのは⇒完成が遅くなればなるほど、器は成長を続けられる⇒完成してしまうと、それ以上は大きくなれない(それ以上の知識を収納できる余裕がなくなる)と、いう考えでした。

70歳を越える中国の老師の方々が、「まだ、まだ、」と口にするのは、この思想から来ているのでしょうか。。。

自分で“私は完成した!”と思い込んでしまうと、その時点で、その人の成長は止まってしまうということなのでしょう。。。(“実るほど頭を垂れる稲穂かな”⇒表現こそ違え、同じ戒めを持った言葉のような気がします)

この宇宙でさえも、未だに成長を続けているという噂。
その一部である私自身を、“未完成”ではなく“発展途上”と表現したいものです。
by takeichi-3 | 2006-02-11 23:50 | 太極拳 | Comments(0)

レクイエム“猫”

買い物からの帰り、細い道を曲がった途端、一匹の猫と目が合っていました。
対峙した数秒の後、猫は素早く塀を駆け登り屋根の上へと一目散。。。

本当に、中野には、猫が多い。
北京から帰国した日、家へと向かう小路に足を踏み入れた途端に鼻をかすめたのは猫臭。

近所の公園。世代交代を繰り返しながら、絶えず10匹近くの猫がたむろしています。
自宅では猫を飼えない人たちが餌を与える為に、増殖が続いてしまうのです。

私がこの町に越して来た頃、ボス的存在だったのはトミー(勝手に名付けてました)という茶トラ。
人が近づいても泰然自若として、いつも、通り過ぎて行く人々を屋根の上から見下ろしていました。

数年後のある朝、我が家の玄関先に一匹の、明らかにトミーの血筋と判る子猫が訪れた事があります。牛乳を与えると、夢中で飲み干し、走り去って行きました。

その後、近所で見かける度に声をかけてはみたものの、なつく事はなく、その距離が縮まることも無いままに月日が過ぎていきました。

2年程経ったある日、開け放したドアの外から室内を覗き込む猫が、、、成長したトミーの息子、警戒心旺盛だったあの子猫“ヘケ”でした。

その時、いつもとは異なり、逃げる気配も見せずにじっと何かを待っています。やせ衰え、毛は薄汚れ、片目は目ヤニで開くことも出来ないという状態。

余程辛かったのでしょう、ぬるま湯を浸した布で目ヤニを取っている間、ジッとその身を委ねていました。

その日を境に、彼は、毎日のように我が家に治療に通って来るようになりました。
虚弱体質の彼はいつでも、“ヘケッ、ヘケッ”と喉を鳴らしていたので、“ヘケ”と命名。
何故か、“ニャ~ン”と声を出しては鳴けず、呼びかけられた時には、口を“ニャ~ン”の形に開いて意思表示。

時間の経過と共に室内で昼寝をしていくようにもなり、ようやく膝に抱いても逃げなくなった頃に気付いたのですが、ヘケの喉には傷跡が、、、声を出せなかったのは、そのせいなのでしょう。

距離が縮まるようで縮まらないという付き合いが半年程度続いた年の暮れ、2~3日姿を見せなかったヘケが鼻水ダラダラ、毛はベットリという酷い状態でやって来ました。
猫を飼っている友人に電話したところ、“猫インフルエンザ”が流行っているとか、、、

翌朝には北京に旅立たなければならなかった私。
一晩の暖かい寝床しか提供出来なかった。。。

一週間後、公園の片隅、彼が埋葬されたという場所には数本の花が供えられていました。

ヘケが逝って2年。その面影を宿した猫と遭遇した午後でした。。。
by takeichi-3 | 2006-02-10 17:37 | いろいろ | Comments(0)