北京で太極拳

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黄飛鴻の真実。。。

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中国の武術家の中で、最も多く映像化されている≪黄飛鴻≫
実際の彼は、本当に映画と同じようなヒーロー的存在だったのか?を検証している番組です。



★映像が見られない場合~中国サイトですが。。。
http://v.youku.com/v_show/id_XNDYyNDUzODQ0.html?from=s1.8-1-1.2&spm=a2h0k.8191407.0.0



黄鴻飛は、実際、映像で見られるような人物だったのか?
その容貌は、彼を演じた役者たちのようにカッコよかったのでしょうか?
ネットで黄飛鴻の写真を探すと、必ずこの一枚に出会います。言い伝えによると、これは黄が唯一残した写真と言われています。ですが、意外なことに、ある人が「これは黄ではない」と言い出しました。これは一体どういうことでしょう。

この写真は、仏山にある黄飛鴻記念館に展示されているもの。
黄飛鴻の伝承者が、「これは黄飛鴻ではなく、彼の息子黄漢熙の中年期写真」と、意義を唱えました。四番目の妻莫桂蘭が、生前にいつも「黄漢熙が黄飛鴻に一番似ていた」と言っていたと。

黄飛鴻の写真は戦火で全て焼けてしまったので、妻の手元には彼の写真は残ってはいませんでした。
ある時、香港の雑誌記者が訪れ、黄飛鴻の容貌について莫桂蘭に尋ねた時に、彼女が取り出したのは黄漢熙の写真~「黄飛鴻の生前の様子に一番似ているものです」~記者は、立ち去る時にこの写真を借りて行きました。

その後、雑誌記者に問題が発生。この写真は行方不明となってしまいました。
黄家の人々は雑誌社に写真の行方を問い合わせましたが、「無くなった」というばかり。
この写真、2001年に黄飛鴻唯一の写真として出現、記念館に飾られました。

黄飛鴻の第四夫人莫桂藍によると、黄飛鴻は大柄で三尺六寸のシャツを着ていたと。。。
このような体格が、映画の中の見栄えのよい黄飛鴻とは異なっています。

見かけ以外に、映画と実際の黄飛鴻と異なるところは?
映画の中で見られるように武芸に秀でて強かったのでしょうか?
又、義侠心に溢れていたのでしょうか?彼の側にには、十三姨はいたのでしょうか?

黄飛鴻は、霍元甲、大刀王五、薫海川、燕子李三等と肩を並べて「清末十大高手」と言われています。

仏山黄飛鴻記念館に収蔵されている彼の年表を見てみましょう。ここに記録されています。
黄飛鴻、原名黄錫祥字達雲、1847年農歴7月初9広東仏山に出生。
1853年より父黄麒英より武術を学び始める。
1859年父に随いて、広州順徳一体で見世物を生業とする。

仏山は広州から車で半時間ほどの距離。昔から水路交易で栄えていました。
広東、北、西~三つの地域からの物流交易の中心地だったこともあり、当時は四大名鎮のトップ。
経済が発展していたので、余所者の芸人たちも稼ぐことができました。そして、経済の発展に伴って、ボディーガードなど警護が必要になって⇒仏山周辺には武術を学ぶ人が多く、黄飛鴻が生まれた清末の仏山は習武が最も盛んになっていました。

こんな環境下、黄飛鴻は12,3歳の頃から頭角を現し始めました。
少年黄飛鴻が大人たちを打ち負かしていく魅力に多くの人々が集まってきました。

映画≪少年黄飛鴻之鉄馬≫の中、街中で売芸をしている場面があります。
黄飛鴻と父の生活は決して楽ではありませんでした。彼の父は広東十虎の一人。仏山でも有名な武林高手でしたが、父子は街角で芸を売ることで生計を立てていました。12歳の黄飛鴻は、毎日、父と共に見世物をする場所を探しては芸を売っていました。黄飛鴻の武術レベルは、どれほどだったのでしょう?

ある日、黄飛鴻が表演を終えたばかりのところ、一通の挑戦状を受け取りました。
挑戦状を書いたのは、かなり腕利きの武術家≪鄭大雄≫。鄭自身も街角で芸を売っていましたが、黄飛鴻の人気が高かったので、面白くなかったのでしょう。そこで、小さな子供に対して挑戦状を送ったのです。彼らは、どんな風に競ったのでしょう?

黄飛鴻の三代伝承者余志偉の記述によると、
鄭大雄という有名な拳師と戦った時、鄭は釣魚棍を持って来ました。利益が絡んでいたため、彼は棍を持って黄飛鴻に挑んできたのです。

父親の黄麒英は黄飛鴻に鄭と戦うように促しました。
その時、黄飛鴻が戦った棍法は洪家四象標龍棍。棍を振り翳すや否や、鄭大雄を打ちのめしていました。この戦いは、黄飛鴻の名を高めました。その日、仏山の人々は、少年の名を記憶に刻みました。この事実が、幼かった黄飛鴻の功夫が優れていたことを語っています。

その後、彼の功夫がレベルアップする出来事が。
黄飛鴻の功夫は、彼の父親から伝えられました。黄麒英は、広東の陸阿采から学び~陸阿采は洪熙宮の師弟で、洪熙官の武芸をものにして南拳王と称されていました。彼が黄麒英に伝えたのは虎鶴双形拳。ですので、黄飛鴻が学んだのは、南少林派の武功。

ある日、黄飛鴻親子が表演場所を探していた時に、仏山豆鼓巷付近で一人の老人が売芸しているのに出くわしました。縄に鉄の錘をつけて振り回し~その素早い動きから、一目で武林高手だというのは分かりました。

その武功に魅入られた黄飛鴻。
その時、脇道からいきなり駆け出してきた人がいました。老人は縄を引き戻そうとしましたが間に合わず、頭に当たってしまい、傷を負わせてしまいます。周りの人々は、即座に老人を捕まえて警察に連れて行こうとしましたが、黄飛鴻親子が急いで怪我人に駆け寄って手当をしたので、事なきを得ました。

この、飛舞鉄錘を表演していた老人は≪林福成≫という鉄橋三の高弟。
鉄橋三もまた広東十虎の一人。親子の行動に感謝した林福成は、黄飛鴻に鉄線拳と飛鉈などの絶技を教え~一年後、これを学び終えた黄飛鴻の武芸は更にアップ。父ですら敵わなくなっていました。

改めて、黄飛鴻の武功は?
ここに何冊かの拳譜があります。どれも黄飛鴻の絶技です。双飛鉈、鉄線拳、虎鶴双形拳、工字伏虎拳、四象標龍棍、五郎八卦棍、、、

四番目の妻、莫桂藍によると、黄が得意としていたのは虎鶴双形拳と飛鉈。
彼の虎鶴双形拳は、黄飛鴻が学んだ各派の拳を基本に彼が改良したもの⇒黄飛鴻独自のものとなって、広く世界に伝わっていきました。

残っている拳譜は、黄自身で書いたものではなく、死後に弟子たちが整理したものです。。
よく聞く、彼の絶技≪仏山無影脚≫は、実際にあったのでしょうか?

伝承者の言葉を。。。
「無影脚。私が思うに~武術家たちの誰かがつけた称号。影が無いなんて有り得ない」⇒無影脚という絶技は無かったようです。

黄飛鴻の獅子舞の腕前が見事だったのは事実です。。
彼が活躍した年代には、多くの武術館で舞獅子を行っていました。武術館同士の戦いも、拳ではなく舞獅子(=実力と功夫)で対応していました。

映画の中の黄飛鴻は、優雅で生活には困っていないような感じですが、実際は?
かなり浮き沈みがあった様子。経済状態も余裕があったとは言い兼ねます。
チャンスは、二回ありました⇒広州水師武術教錬⇒最初の高潮期⇒軍に武術を指導する傍ら、自身の武術館も開きました。

その暮らしは十三年後の1886年に父親が亡くなるまで続き~その後に軍から退いて、接骨医館≪宝芝林≫を開きます。その時、黄飛鴻は三十歳に満たない年齢でした。

黄飛鴻の医館が有名だったのは、映画からも窺えます。
宝芝院⇒教育を受けていなかった黄飛鴻は、店の名前を考えましたが、なかなか思い浮かばずにいましたが、折よく、弟子の一人が進学試験に合格~祝いに贈った一対の掛幕に書かれた「宝剣謄霄漢 芝花遍上林」という言葉の中の文字を組み合わせて店の名前としたのです。

黄飛鴻の医療技術は?
本を読むのが嫌いだった彼の医療技術が高かったはずはないと言う人もいますが、、、
1888年、黒旗軍リーダー劉永福の怪我を治したという事実が残っています。
馬から落ちて、治療が困難と言われている部位を痛めた劉永服は、宝芝院の医師の腕がいいと聞きいて赴いた。黄飛鴻は、「一週間ほど入院していれば直る」と~喜んだ劉永服は、≪医芸精通≫と記した桟を贈りました。

劉永福は、黄飛鴻を軍医及び武術教錬として迎えます=彼の医術と武術のいずれもレベルが高かった。

その後、日中戦争が始まり、劉永福と共に黄飛鴻も台湾に向かいます。
台湾の日々についての記載はありませんが、彼の人生の中で第二の高潮期だったことでしょう。
その後、日中両国が馬関条約を交わしたことにより、広州に戻ってきますが、帰国してからは意気消沈して、店前に「武芸功夫難以伝承、千金不伝求師莫等」と記した紙を貼り~武術を教えることはなく、静かな生活を送るようになります。

映画、≪黄飛鴻≫で見る彼の身辺には、流行の衣装を身に纏った美女≪十三姨≫が登場しますが、実際にはそんな人物は存在していません。

黄飛鴻は、四回結婚しています。
初めは、1871年。24歳の時に父の勧めで結婚しましたが、結婚の三か月後に病死。
二度目は、49歳の頃。二度目の妻は、四人の子供を産んで病死。三度目の妻は、二人の子供を産んで病死。

六人の子供を抱えて~時代は、社会情勢が不安定だった辛亥革命前⇒稼ぐのは簡単ではない⇒黄飛鴻伝記には、60~70歳の黄飛鴻は、生活費を稼ぐために、あちこちに出かけて舞獅子表演をしていたと記されています。

三人の妻が共に病死~その後は誰も彼に新しい妻を紹介しなかった⇒ここまで、十三姨の姿は見当りません。

では、第四夫人の莫桂蘭は?
莫桂蘭と黄飛鴻は、どのように知り合ったのでしょう?

1911年端午節、64歳の黄飛鴻が梅花桩の上で表演している時に布靴が脱げ、下で見ていた19歳の莫桂蘭に当たりました。気が強かった彼女は、梅花桩に飛び乗ると黄飛鴻に平手打ちを浴びせました。自分が打たれるとは思っていなかった黄飛鴻は、咄嗟に莫桂蘭の手を抑え~ですが、相手が少女だと知ると、その手を緩めて謝ったのです。

その後、莫桂蘭の叔父が黄飛鴻に詫びを入れるために訪れました。こんな風に二人は知り合ったのです。何度か会ううちに互いの理解は深まって~叔父は結婚を勧めましたが、黄飛鴻は妻を不幸にすることを避けようと、莫桂蘭を妾として家に入れたのです。

黄飛鴻の周辺には十三姨の存在は見当たりませんでしたが、莫桂蘭がその原型なのでしょうか?

伝承人の意見では、、、
実際的に大きな違いがあります。映画の十三姨は、とてもモダン。
写真は撮るし、スカートを穿いているし~桂蘭の恰好はありきたり。

清末の滅亡、民国建立~などと激動の時代を生きた黄飛鴻。
そして、広州は革命運動が頻発していた地域。彼の一生も又、落ち着かないものでした。

その後の内戦期に店を火災で失い、気力喪失。
病に罹って~寝込んだまま、半年後の1925年農歴3月25日に78歳で死亡。
当時、葬儀費用もまかなえないほど貧しくなっていて、弟子たちがお金を出し合って広州白雲山麓に葬りました。

★最後の妻「莫桂蘭」については~こちらを⇒ http://takeichi3.exblog.jp/22743733/
by takeichi-3 | 2012-09-30 23:53 | 偉人たち | Comments(0)

朱旭。。。北京人民芸術劇院

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中国国家一級俳優の≪朱旭≫
今年82歳になる彼が、北京人民芸術劇院の後輩たちとともに出演した中国中央テレビの≪大劇観北京≫

暖かい人柄が伝わる内容です。。。



今日のゲスト~皆さん、起立して拍手で迎えようではありませんか。。。
60年来多くの映画や舞台で百以上の役柄をこなしてきましたが、最も大切にしているのは北京人民芸術劇院の舞台。

劇院の後輩たちが語る朱旭。

師傅は穏やかで寛容です。話し方はゆっくりで、いつも笑っています。後輩たちの演技について話し合おうとする時には真っ先に来てくれるので、励みになります。

朱旭老師は覚えていないと思いますが、私は学生の頃からのファンです。
初めて首都劇場で劇団の芝居を見た時、ただ、朱旭老師のサインだけをもらいました。本当に、私たちは、あなたの一番のファンです。人民芸術劇院の基礎を築いたのは朱旭老師です。老師が舞台に立つ時、観客は、その演技に感動するでしょう。私たちは、直接に指導を受ける機会はありませんでしたが、舞台の上の老師を見ることで多くの刺激を受けました。「这您不知到啊(=そのことを、あなたは知らないでしょう)」⇒朱旭の物真似~私たち若手は、誰もが老師の物真似が出来ます。

既に二人の先輩が語ってしまったので、、、朱老師の演技の至るところに価値を見出せます。

朱旭の演劇人生は、照明担当から始まりました。
華北大学の学生演技隊が出来た頃、宿舎の灯りが消えて~私が見当もつかないままにあれこれいじっていたら~直ったんだ。そしたら「朱旭は、電気に詳しい」となって、それで照明係に~

隊には四つの照明があって~今なら、もっと沢山あるけど~あのころは四個だった。
アメリカ製。外国製品のことには詳しくなかったから~最初の公演は天津南開大学。

あちらに2個、こちらに2個とセッティングして、テスト。スイッチを入れた途端に、ショート。
誰もがアメリカの電球の電圧が110だとは知らなかった。中国は220。

折よく、華大文工二団(北京人芸の前身)が天津で公演していたので、急いで電話をして助けてもらった。紀凡、黄峰と数人が来て、色々と教えてくれた。

思うに、このショート事件は北京人芸にとっては縁分(運命)な出来事。
北京人芸は電球のショートに始まったと?
宋寅たちも二団にいた。その後、二団が私を必要としたんだ。人芸の前身。
もし、四個の照明が問題なく灯っていたら、状況は変わっていましたね。
そう、私は、そのまま照明技師を続けていた。

どうして照明が役者に?
華大文工二団で組み分けする時に間違いがあって、私の組のメンバーは皆が役者。
で~監督を任された夏淳(人芸の四大監督の一人)が、「朱旭は、この役を」と決めて~どさくさに紛れて役者になった。

初めの頃は緊張して、何度も照明担当に戻してくれと頼んだ。
吃音気味だったという朱旭。
「どうやって、台詞が滑らかに出るようになったのですか?」
「普通に喋っている時に、今、話しているときには、ちっとも詰まらなかった。」
と何度も言われているうちに、気が付いたんだ。何かを言わなければ、と思うと緊張するって。
台詞を覚えて~覚えて~いざとなると詰まる。
自分が言いたいと思うことを自然に口にすれば、言葉に詰まらない。

朱旭老師の台詞は、誰にも真似ができない。
自然で、蛇行しながら~急ぐことなく、慌てることなく事態を収拾していく。これは私たち演者にとっての夢です。老師が≪屠夫≫を演じている時、先輩から電話があって、「何してるんだ。直ぐに劇場に戻って朱旭大大の屠夫を見ろ。本当に勉強になる。」

朱旭の舞台≪哗变≫の中で、有名な8分間に亘る台詞。
昔の舞台映像の後。。。
朱旭が実際に台詞を。。。
後を継いだ後輩が同じ台詞を。。。
「老師は初日に見に来てくれて、カーテンコールの時に、真っ先に立ち上がって拍手してくれました。」

酒好きで知られる朱旭。
家が貧しくて、子だくさんだった生家。
一歳の頃、養子に出された家では、夜になると皆が集まって麻雀などを楽しんでいたが、なかなか寝付かずグズる子供に手を焼いて酒を飲ませて寝かしつけたんだ。今年82歳~だから、酒歴は81年。

と、、、酒談義が続きます。
by takeichi-3 | 2012-09-29 23:56 | 中国映画音楽 | Comments(0)

全中国武術套路大会。。。集体

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信州リンゴ。。。収穫直前、たわわに実っていました。
長野のスーパーで、味見を兼ねて≪サンつがる≫を一つ購入。
流石に産地、甘くて美味しかったので~

松本で高速バスに乗る直前に、お持ち帰り用を購入しようとスーパーに行ったら、地元産は無く、青森リンゴばかり。
やっぱり信州もの~で、お土産屋さんに行ったら、
初めて目にする品種≪シナノドルチェ≫がありました。
両親は、ゴールディンデリシャスと千秋。
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甘さも酸っぱさも香りも~とても濃厚なリンゴ~(T_T)
ここ数年、果物の酸味が苦手になり~生では食べられない。f0007580_2242015.jpg


即、リンゴジャムに変身!
良いリンゴは、ジャムにしても美味しいそうですが、確かに!

リンゴにはたくさんのぺキチンやセルロースなどの食物繊維が含まれているので、便秘の解消や、大腸がんの予防に効果があります。加熱することで効果が倍増⇒ジャムにするのはお薦め。

そして、塩分を体外に排出させるカリウムも含まれているので、高血圧やむくみの改善にもつながります。


今月に行われた中国武術套路大会での集体演技。。。






オマケに~対練女子二人組。。。


by takeichi-3 | 2012-09-28 23:34 | 武術大会動画 | Comments(0)

世界の武術。。。

≪世界≫の~というほど大げさではないのですが、熱心さが伝わる練習風景だったので、、、

多分、ロシア系。。。




アフリカのブルース・リーの武術。。。




これは、、、スイス?
長拳の練習風景のようです。。。




世界チャンピオンのジェイド・シュー&武当ジャーマニーのパフォーマンス。




加油!
by takeichi-3 | 2012-09-27 23:38 | 太極拳・武術動画いろいろ | Comments(0)

絶景の駅。。。姨捨

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ノンビリ~帰ってこようと、各駅停車の旅。
中央本線~松本~甲府経由を選び、、、
途中、日本三大車窓と呼ばれる、姨捨の棚田に立ち寄りました。
各駅電車、ドアの開閉は乗客の仕事です。

田圃以外には何があるという訳でもないのですが、多くの観光客が訪れていました。見処、四十八棚田(田毎の月は、ここに映る月)の中に埋もれていた観音様。

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「無農薬、無化学肥料~生き物いっぱい田んぼ」
という看板通り~棚田に近づくと、昆虫がピョンピョン。

思いがけない多さに、、、
バッタたちと一緒になって、ピョンピョンしてしまいました。
そして、赤トンボにホッソリとしたカマキリ。

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姨捨山伝説
昔、年寄りが大嫌いな殿様がいて、「六十歳以上の歳よりは、山に捨てること」というおふれを出しました。
殿様の命令には、誰も逆らえません。親も子も、その日がきたら山へ行くものと諦めていました。

ある日のこと、一人の若い男が六十歳になった母親を背負って山道を上って行きました。
気が付くと、背中の母親は、「ポキッ、ポキッ」と木の枝を折っては道に捨てています。男は不思議に思いましたが、何も聞かずにそのまま歩きました。

年寄りを捨てる場所は、深い深い山の奥。男が母親を残して一人帰る頃には、辺り既に暗くなっていて、男は道に迷って母親のところに引き返してきました。

息子の姿を見た母親は静かに言いました。「こんなこともあろうかと、途中で枝を折ってきた。それを目印にお帰り」。子を思う親の優しい心に触れた男は、殿様の命令に背く覚悟を決めて、母親を家に連れ帰りました。

暫くして、隣国が「灰で縄をないなさい。出来なければ国を攻める」と言ってきました。
困り果てた殿様は、誰か知恵えのある者はいないかと国中におふれを出しました。

男がこのことを母親に伝えると、「塩水に浸した藁縄を焼けばよい」と言うので、男はそのとおりに灰の縄を作り、殿様にさし出しました。

しかし、隣の国は、再び難題を言ってきました。曲がりくねった穴の空いた玉に糸を通せというのです。
今度も男は母親に尋ねたところ、「一方の穴の周りに蜂蜜を塗り、反対側の穴から糸を付けたアリを入れなさい」と教えられたので、殿様にそれを伝えました。

すると、隣の国では「こんな知恵者がいる国と戦っても勝てるわけがない」と攻め込むの諦めました。

喜んだ殿様は、男を城に呼んで、「褒美をとらす。欲しい物を言うがよい」と言いました。
男は、「褒美はいりません。実は・・・」と、決心して、母親のことを告げました。

「そうか~なるほど、年寄りというものはありがたいものだ」と、自分の考えが間違っていたことに気付いた殿様は、再びおふれを出して年寄りを捨てることを止めさせました。

ま。。。昔話はともかく~この駅から眺める善光寺平は絶景です。

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by takeichi-3 | 2012-09-26 23:51 | いろいろ | Comments(0)

詰まりを取りに~長野まで。。。

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こんな風に遠くまで広がった空を目にすると、
思わず、「東京には空が無い~」と言いたくなります。

長野。。。あちこちに秋色が見え隠れ。。。
空気が澄んで、空が綺麗で。。。
無心に、けっこうな時間、暮れてゆく空を見上げていたら、何だか気持ちがスッキリ~♪♪♪
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善光寺にいた人馴れし過ぎている猫。
少しだけ私の相手をして~即、次にやってきた観光客の許へ。
そこでもアイドル、写真を撮ってもらっていました。

長野は、、、蕎麦!!!
たまらないほど魅力的な組み合わせ発見!
でも、いまだに減量中の身の上。。。ρ(. . )

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スポーツクラブのヨガインストラクターから、、、
「心と身体、両方の詰まり滞りを取り除きましょう~」
という言葉を、よく聞きます。

それは、こんな理由から。。。(#^_^#)
血液の流れ、リンパの流れ、気やプラーナに至るまでを指の先まで円滑な流れにしてあげると、食べ物や呼吸から得たエネルギーが体の隅々までスムーズに運ばれて、本当に元気で生きていけるのです。

様々な原因が体の流れを悪くしています。
ストレスは血流を悪くし、運動不足は血液やリンパを運ぶ筋肉を弱らせ~緊張して強張った体は流れが滞ります。

筋肉から、血管、神経、気道に至るまで伸びやかにストレッチして流れを良くすると、強くしなやかな身体に改善されます。また、精神面も安定~落ち着いてくるので、前向きな気持ちを育みます⇒ポジティブな気持ちは全身を生き生きとさせてくれます。

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自然の中に身を置いているうちに心身ともに軽くなった感じ。。。知らず知らずのうちに、詰まっていたようです。
自分への休暇、時には必要だと実感しています。
by takeichi-3 | 2012-09-25 23:41 | いろいろ | Comments(0)

神(心)・意・気と身体。。。

中国、今週末からは「十一放暇=国慶節休暇」
その休暇期間に公開される映画の中で、一番の集客になると予想されているのが≪太極≫
最新版の予告編。。。モデルは、楊露禅だそうです。



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週末に出かけた中国人老師の講習会で、、、
老師が語る太極拳運動の特徴⇒整体運動の説明を受けながら、、、


「神(心)動意生、意動気随、心与意合、気合力合⇒内三合」
という言葉を聞き~隣にいた先輩と、
「神~説明が難しいですよね~」と、眉間に皺を寄せ合っていましたが。。。
「上下相随」⇒これは、外側(肉体=上半身)への要求(=初心者向け)だから分かり易いけど~

神(心)・意・気~何か、分かり易い説明は?
と、考えてみました。

東の国の王様が、美しい妃を喜ばせようと~美容に効果のあるライチを贈ろうと思いたちました。
そこで、大臣に相談。。。
「王様、ライチとは如何なる物なのですか?」
「あの楊貴妃が愛した物らしいが。。。」

大臣や学者が集まって調べた結果、西方の国にあるということが分かりました。
そこで、将軍に地図を渡して~ライチを持ち帰るように伝えます。
将軍は、兵隊たちを駆り立てて西へと向かいました。

この順列が、神(心)、意、気、身体になります。

神(心)=王様⇒中医では、神=精気=生命活動の源と認識されています。
何をしたいか~崇高な発心でなけらばならないという意味で≪神≫を当てはめたのかもしれません。

意=大臣(参謀)
神(心)の意図を丹田に落として~どのような行程で気(劲)を運用到達させたらよいのかを指示する。

気=(将軍)
参謀(丹田)の指示に従って身体を駆け巡り、兵隊(身体)を駆使する。

動作において、この順番は崩れません⇒頭(神=思)~丹田(意⇒気の運用)~肩・肱・手⇒(×)頭~手。
私たちがテーブルの上のリンゴを取ろうとする時、「思考と手を出す」が、一見して同時に行われていると思いがちですが、それは、長年に亘る訓練の結果で習慣化(無意識)しているから⇒肩、肱、を経過せずして手だけが動いている訳ではありません。

太極拳練習の要求である、ゆっくり~は、神⇒意⇒気⇒身体を実現するための訓練方法。
レベルが上がるにしたがって、より早く正確に動かすことが出来るようになります。
⇒訓練指導を受けた兵士でなければ使い物にならない。

身体を動かさない≪静功=タントウ≫が重要なのは、内側の≪動功=気の運用≫に集中する目的があるから。
内側の動功が習熟(自然)するにしたがって、内側は≪静≫となり~身体はより活発に≪動≫となれるのです。
by takeichi-3 | 2012-09-24 23:48 | 太極拳理論 | Comments(0)

2012全中国武術套路カップ。。。女子

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9月21日~23日に、
山西省普中市で行われた2012全中国武術套路大会女子。。。


槍術。。Han Wen Cong 阚文聪




槍術。。。Zhao Shi 赵诗




刀術・棍術。。。Cheng Cheng 成成






南刀。。。Lin Fan 林凡




太極拳。。。Li Xin Yu 李昕豫


by takeichi-3 | 2012-09-23 23:46 | 武術大会動画 | Comments(0)

趙文卓(チウ・マンチェク)。。。


どこかの国向け武術映画の予告編を見て、この映画面白そう~と思ったら、
≪酔拳 レジェンド・オブ・カンフー≫でした。




上映当時は、これが普通だったような。。。




主演の趙文卓~ジェット・リーとの共演。。。


by takeichi-3 | 2012-09-22 23:56 | 中国映画音楽 | Comments(0)

太極拳と秤。。。四両抜千斤

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今まで、太極拳用語の≪四両抜千斤≫に関わる文章を何度か読む機会はありましたが、どれも、今一つ~という感じ、、、
今日、≪立如平(秤)准≫という熟語説明を読んで、おぉ~と、感じるところがありました。


≪立如平(秤)准≫
立如秤准の中に出てくる秤は、古い時代の縄を使ったような物だと思ってください。
天秤棒を中心から上に持ち上げている縄があり、その両サイドに錘と品物が乗っています。
天秤に乗せられた荷物の量を正確に量るには、天秤を釣り上げている縄が垂直に持ち上げられていなければなりません(=虚領頂頸&立身中正)⇒そのような状態が維持されることによって、ほんの少しの重量の差でも天秤棒に偏りが生じる(=平らではなくなる)ので、正確な量を見極めることが出来るのです。

太極拳の四両抜千斤という理論は、これに則しています。
相手が千斤の力で攻撃してきたとしても、自身の秤が正確なら~相手の力の方向に傾いて、相手のバランスを崩す(抜)ことが可能になるのです。



で、改めて~太極拳秘境の≪四両抜く千斤≫
簡略した翻訳ですが、、、((((((^^;

≪乗勢借力≫
相手が手を出してきた時、私は相手の力の方向に逆らわず添って動きます=乗勢。
そのうち、相手が自身のバランスの崩れを感じて体勢を立て直そうと力の方向を変えようとします。その時、相手が戻っていく(撤退)力を利用して攻撃に転じます=借力。

推手の中では、これを虚実の変化と呼んでいます。
「己不動彼不動、彼微動己先動」
先に知る~听劲が大切です。
拙力を使うと~拮抗してしまいます。
彼が真っ直ぐに来る~私は側面に向かいながら、相手を彼が向かっている方向に流します=順勢~それから、彼が形勢を整えようと方向転換しようとしたのを察知したら~即、発力。

≪引進落空≫
これは、太極拳の主ともなるものです。
太極拳は引進落空=相手の力を利用して倒すことが主旨となっています。
引進=二人の力で相手を推していく~相手を自分の中に引きこんで~仮に、あなたが私の方に向かってくる、私は後ろ方向に引き込む=自分を失くして、相手に随う~相手の力に拮抗しようとはしない=順に随う。
相手が私の空間に引き込まれる=落空。
落空には二つの表現があります。接触点の力が無くなる&接地点の根が抜かれる。
相手が私の手を上から抑えている~翻すと⇒落空。
もし、相手が大きな力で抑え込んでいたら、きっと前に倒れこんでいたでしょう。
推して~私が陰陽を調整すると~あなたの踵が上がってくる。
引進落空の主要な効果は、相手のバランスを失わせることが出来る⇒足のバランスを崩す=抜根。
上半身のバランスを崩す=落空。

≪柔化剛発≫
「剛=発」ということは、誰もが知っています。
「柔=変化」~不発。
相手が力を使ってきたとき、私は柔化して相手の力の方向を変化させます。
相手が私の中線に来た時に、相手の力の方向を変えます=化解=柔化。
相手がバランスを崩した時に剛劲=発します。

≪牽動四両抜千斤≫
本当に四両という重さでしょうか?
決して、そんなことはないでしょう。少ない力という意味です。
千斤は?五百斤という表現でも構いません。大きな力という意味です
⇒小さな力で、大きな力の方向を変えるという意味です。

どんな風に変えるのでしょう?
千斤の力を、こんな風に腕の力だけは引っ張れません。百斤でも難しい。
相手の力の方向に随って、私の核心(丹田核)も動きます。こうすれば、筋力で相手を引っ張らなくとも、少ない力で事足ります=小さな力で、大きな力を引っ張ることが可能です。

牽力=相手が動いているという状況下で相手を牽き動かすことです。
動いていない時には使えません。

二人が接触した時、速やかに相手の力を察知しなけらばなりません。
相手が打ってきた時、体勢を整えて~相手の力に合わせて腰を回転~相手は力を失って、私にコントロールされる=抜根=牽力。

相手の力が大きければ大きいほど、効果は大きくなる。
by takeichi-3 | 2012-09-21 23:48 | 太極拳秘境 | Comments(0)