北京で太極拳

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猿、猿、猿。。。猿拳の由来

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間もなく申年となりますが。。。
以前から、風格や用法などが「???」だった猿拳について調べてみました。
南猴&北猴の由来など。。。(--)!




★西漢時代には、既に猴舞と猴拳があった。
西漢に猴舞に秀でた長信少府(役職名)がいて、盛大な宴会で表演した⇒長沙馬王堆から出土した「導引図」には、「沐猴灌」と言う名がついた、まさに猿の動作をした図が描かれている。

★明代、戚継光が著した「紀效新書、拳経捷要」にも猴拳が記載されている。
金鉄庵は、「酔八仙譜」の中で、「拳法が盛んな南方では、七紅、八黒、大小天罡、猴拳等が普及している。自然環境に優れている峨眉山、その中で生息している猴が拳家の模倣の対象になったのか~峨眉猴拳は四川全域に普及していて、套路も多い」と、、、

★清朝末、北方に短気な拳士がいて、悪辣な村民を殺して捕まってしまった。
当時、殺人罪は終身監禁が普通だったが、有力者の知り合いの努力や賄賂によって、刑期は8年に短縮された~この拳士が、後に独特な風格を持った功夫を創る。

拳士が収監されたのは、小さな村の郊外にある森林。運命の巡り合わせというか~窓の外には沢山の大木があり、いつも猴たちが飛び跳ねていて~猴たちの滑稽な動作に感嘆。日々、その動作を仔細に観察して、数年後には猴ごとの特長を把握して、一匹一匹の区別ができるようになっていた。

猴の戦う様子~敏捷性、脚の動かし方を研究しているうちに、自分が子供の頃から習っていた武術拳法にも通じるものがあると気付き、猴の動作を自身の拳術と結合させた。

刑期明けが、猴拳発展のきっかけとなる。
猿の動作を研究するうちに、その動きの特長を五種の形式に分けた⇒長拳、木拳、迷踪拳、硬猴拳、酔拳。

中華人民共和国成立後、猴拳の動作質量や套路の組み立て、表演效果等のレベルは上がり~1953年の全国国民族形式体育表演競技大会以降、全国レベルの武術大会の種目には猴拳が見られるようになった。

★1953年の猿拳優勝者、「肖応鵬」。。。



★特徴
猴拳発展の過程で、異なる流派&異なる風格が生まれていったが、基本的な要領は共通している。
眼、身、手、歩等の要となる二十二字。。。
剛、柔、軽、霊、綿、巧、躲、閃、神、束、抓、甩、摘、 切、刁、拿、扣、頂、帖、纏、蹬、踹、弾。
前の十字は動作の様子、中間の八字は上肢と手法、残りの四字は腿法。

近代猴拳の套路の中で表現されるのは、猿の機敏さ&武術攻防の特長。。。
出洞、窥望、看桃、攀登、摘桃、 蹬枝、拼搶、蔵桃、蹲坐、吃桃、喜楽、惊竄、入洞等を具象している~套路によっては、跌、捕、滚、翻等の動作も含まれている。

★猴拳の要求=形象、意真、法密、歩軽、身活。
形象⇒外形は猴の様に⇒聳肩、 縮頸、圓背、束身、弯肘、垂腕、曲膝等。
意真⇒猴の精神を表現。
法密⇒起伏が有りながら、テンポよく緊密に連環して動作が行われる。
歩軽⇒歩は、軽巧迅速。
身活⇒身体の機敏さ。


★迷猴拳。。。




★永春猴拳。。。


by takeichi-3 | 2015-12-31 23:49 | 武術各派 | Comments(0)

武術は一家。。。

超、超、民間武術です。。。
山東省にある邹城地区のテレビ番組≪这里是邹城≫とうドキュメンタリーの中で、一番視聴率が高かったという≪郭里武術≫




2006年から北京体育大学での武術系留学開始。。。
当時のブログを読み返していたら、自分の体験なのに、日々の充実が伝わって~楽しそうだなぁ~と。。。
(((((^^;


★これは~導引養生功班で学んでいた時に仲良くなった中国人研究生たちが知り合ったという、陳家溝から北京に来ていた老師に会いに行った時の様子。。。

私の質問:
伝統拳をしている人たちとか~初心者が陳式を始める時とか、肩だけで動いたり、身体を歪めたりしながら動きがちですが、初めに立身中正とか基本的な要求を教えなくても問題にはならないのですか?

老師の答え:
初心者は、本来なら丹田で動かなければならないところを老師の動きを見よう見真似して、肩関節だけを回して動こうとするから歪んでしまう。でも、長い間の練習を積み重ねることによって、自分自身の中から自然に正しい動きの感覚が生じてくるので徐々に改善されてくる。

規定拳の場合は、最初に形があって、鍛錬を重ねることによって中味が生じてくる。追求の方法が違うだけで、どちらも到達点は同じ。

武術であれば、楊式であれ、呉式であれ、陳式であれ、始めのうちは違うと思われるものでも最終的には一つのところに辿りつくはず。その為には、鍛錬を続けることが必要不可欠になる。

老師自身が定義した太極拳の段位。
1.太極操(中味が無くて形だけのもの)
2.太極拳熟(理解が伴ってくる)
3.太極功夫(用法が伴ってくる)
4.太極文化(生活の中に太極拳が浸透していく)
5.太極拳精神(自分自身の心がユッタリとして寛いだものになる)
6.太極道(神仙の境地=宇宙が入ってくる)


★これは~中国語学習が進んで、原語で読んだ李徳印老師の書籍に書かれていて印象的だった言葉。。。
太極拳を習い始めた人には、先ず套路を覚えさせる。その過程で武術を学ぶ喜びを見つけ出させる。
ある程度、初歩的な動きや要求が理解できるようになってくると、自分自身で超えられない壁があることに気がつく。基本功はこの壁を取り払うために必要な要素である。

套路技術を高めるための手段である基本功⇒套路には基本功の鍛錬の結果が表れる。
基本練習をしないで套路ばかりを増やしていくのは、燃料や整備といったことを考えずに、車を快速で走らせるようなもの。途中で行き詰ってしまい前に進むことができなくなる。

何度も正しい動作を求めながらの基本功練習は、その行き着く先がはっきりとは見えない練習でもあるけれど、練習を積み重ねることによって、自分自身の中に上昇していく螺旋のような意識の変化が生まれてくる。


★これは、北京滞在中~毎日のように受けていた、ある日の宗維潔老師とのマンツーマンレッスン。
基本功で、クセの連発。。。
動作の繋ぎめでの緩みを意識しながら、経過に緩みを入れて下がり、寄せ、蹴り出す。を繰り返していたら、
「どうして途中で肩を下げる動作を入れたがるの?」、
「あ、、、でも、でも、緩んでから次の動作に移らないといけないと思って。」
「自分の内側で行なう動作だから、外にそれが表れてしまうのは全然自然じゃないでしょ?それに、足首が緩んでいないからジト~っという力が出ないで浮いて硬く見える」

搂膝拗歩の払う手は、膝を超えたらその力は即座に下按へと転じていく。
頭は上に吊り上げる。大椎は後ろに張り出す。肩を下げて。胸は張らない。命門は後ろに張り出す。下腹、お尻は収める。尾閭中正。股関節を緩めて。膝も足首も緩めて。意識を遠くに。動作はもっと大きく。

「基本功で、疲れた?」
「え、まぁ、頭がスゴく~」

毎日、こんなに細やかで丁寧な指導をして貰っていた凄さに、改めて気づかされた今日。。。(T_T)
そして、、八年経った今でも、同じことを追求し続けている現状。。。。。(((((/-_-)/
by takeichi-3 | 2015-12-30 23:42 | 太極拳 | Comments(0)

2015年全中国武術套路:競技太極拳集体

競技用の太極拳集体。。。
映像&音楽とのコラボレーション~パフォーマンススタイルが確定し始めています。

入賞はしていませんが、映像が一番良いと思った上海体育大学チーム。。。




湖北代表チームは、長江、三峡、黄鶴楼や武当山など、湖北の名所の映像。。。




第一位は、福建チーム(12月4日に紹介済)。。。
第二位は、今年の中国全国大会で多くのチャンピオンを輩出している浙江省チーム。。。
墨絵の世界。




第三位は、鄭州体育大学。。。


by takeichi-3 | 2015-12-29 23:40 | 武術大会動画 | Comments(0)

安的種子。。。中国童話

f0007580_2350229.jpg英語や韓国語にも翻訳されているという、、、
中国童話のベストセラー≪安的種子≫
「禅」思想が受けているようですが~

太極拳の学習段階で表現されている、、、
「太極拳の日常化(生活の中に太極拳が浸透)」に通じるものがあります。




和尚から、古い蓮華の種を一粒ずつ貰った、本、静、安の小坊主たち。
「これは、数千年前の蓮華の種。とても貴重なものだ。上手く育てておくれ」

種を手にして、、、
本は、「皆より先に発芽させよう」と考えた。
静は、「どうやったら発芽するかな?」と考えた。
安は、「蓮の種を貰った~♪」と。。。

本は、急いで鋤を捜しに行った。
静は、栽培に適している花盆を研究。
安は、種を小さな布袋に入れて、胸に掛けた。

本は、種を雪が積もった地面に埋めたが、待っても待っても芽が出なくて~怒って種を掘り出して捨て、鋤も折って~放棄してしまった。

静は、絶対に発芽させようと考えた。
安は、大雪が降ったから、寺門外の雪かきをしようと考えた。

静は、蓮華栽培の書籍を捜しに行った。
安は、市場に寺の日用品を買いに行った。

静は、立派な植木鉢を選んで、暖かい室内に置いた。
安は、寺院の雪かきを続けていた。

静は、高価な肥料と土を手に入れて、丁寧に種を植えた。
安は、変わらず~座禅をしたり、托鉢をしていた。

静の種が芽を出し~宝物のように扱われ、金の覆いが被せられた。
早朝、安は、水汲みに行った。

静の小さな芽は、陽光と酸素が不足して、数日後には枯れてしまった。
夜の勤めを終えると、安は、いつも通り散歩に出かけた。

春になって、安は、池の一角に種子を植えた。
ほどなく、種子は発芽して、安は目の前の緑の葉に喜んだ。

夏の早朝、温暖な陽光の下、満開の千年蓮華が風にそよいでいた。
by takeichi-3 | 2015-12-28 23:53 | いろいろ | Comments(0)

楊禹廷老師の想い出②。。。李秉慈

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今日も楊禹廷老師。。。
色々な中国書籍の中で描かれている楊禹廷老師が好印象だったので、、、
今日は、弟子の李秉慈(呉式太極拳研究会会長)が語った想い出など。


北京、中山公園(故宮の西側に隣接)。。。
楊禹廷老師が座っていたという東屋の姿も見えます。。。(^^)v



北京の、武術とは無縁の家庭に生まれた私が習武を始めたのは健康強身が目的。
幼い頃から虚弱体質。12歳の時に吐血してから、更に弱くなり~ちょっと涼しくなれば風邪を引いて吐血という感じで、色々な治療を受けたが好転せず、学校にも行けなくなった。

1946年の夏、十六歳の夏の初めに太極拳を学ぶようになった。
父の友人が、
「子供が、毎日家に閉じ籠っているなんて良くない。身体を動かさなければ。早朝の鍛錬健身に役立つ」
と~それから、父に付き添われて、毎日、近所の太庙(労働人民文化宮)を2.3時間歩くようになった。疲れると、腰を下ろして練拳している人たちを見ていた。

当時、太庙の古松柏付近で多くの人が練武していた。太極拳、八卦掌、形意拳など~ある時、一人の老先生が話しかけてきた。

「あなたたちの様子が気になって、久しく見ていたんだが~子供の具合が悪いのか?」
父が私の病状を告げると、
「子供に拳を練習させてみないか?丈夫になるかもしれない」

その時は、拳を習うにはどうしたらいいのか、拝師をしなければならないのか~とか、何も分からなかったが~老先生が言うには、
「太庙太極拳研究会」という太極拳組織が運営している。年会費は2~3元。入会すれば、毎日、ここで練拳出来る。公園の入場料もいらないし」
というので、入会することにした。

これより、毎日、ここで練拳~
この研究会は、政府機関によって運営されている組織で、太極拳は楊禹廷老師が担当していた。

楊禹廷老師に学ぶ人は多く、毎日80~90人の人が参加していた。
太庙太極拳拳研究会以外の北京にあった大きな組織は中山公園内の行健会だったが、行健会は、武術だではなく、テニスなども教えていた。

学拳者が多かったこともあり、学び初めの頃は兄弟子たちから指導を受けていた。楊老師からは~老師に、時間が出来た時にだけ~要点を指摘してもらえた。こんな感じで、一年半が過ぎた頃に拜師。

練拳を通して、身体は強くなってきて、病気に罹ることも少なくなり~1958年には、病院の検査でも問題が見つからなくなっていた。

1948年10月、北京解放間際の太庙は解放軍に占領されて物資置き場となってしまい~私たちは、中山公園に移動~来今雨軒近くの十字亭に落ち着いた。

楊老師の人柄は穏やかで親しみやすく、寛大で謙虚、人をけなしたり争ったりすることが無かった。
若い頃には、弾腿、黒虎拳、長拳、形意拳、八卦掌等を学んでいたが、三十歳頃に、王茂斋老師より太極拳を学ぶようになり~以降、太極拳に専念して一代大家となった。

私は、楊老師から教えを乞うこと数十年。太極拳以外に、四門刀、六合刀、六合拳等多くを学んだが~最終的には、太極拳、剣、刀、杆と推手を専門に研究している。

当時、年齢やレベルが異なる学拳者たちを指導する楊老師は大変だったと思う。
一日のうち、最初に来るのは勤労者たち。午前6時頃にやって来て、一時間ほど学拳してから出勤~二番目は、私のように働いていない人たちが8時頃に来て~9時以降には、高齢者たち~10時を過ぎた頃から、人が減り始め~以降、老師に時間がある時には、太極拳の講義と推手~老師は、毎日、午前6時には公園にやって来て、生徒を送り出し~正午になってから、ようやく帰宅。

楊老師の教拳の方法は、「口授身伝」
先ずは動作を覚えさせてから、ゆっくりと用法と劲力を教える。
当時、学拳に際して、拳譜等の資料は無く~拳式(勢)の名前さえ知らずに、老師の動きを真似していた。学び始めてから三、五年経って~兄弟子が動作の名前を尋ねた時、老師は始めてその動作名称を口にした。

拳架套路を学び終わると推手。それから、刀、剣、杆等の器械套路と、学ぶ順番が決まっていた。
毎日、公園に来ると、最初に拳架、続けて器械、推手という練習を繰り返していた。

年齢が若かった私への基本功(柔軟、踢腿等)要求は厳しかったが、高齢者には要求することなく、直接套路を指導していた。

学太極拳は、套路動作を覚えただけで終わらない。動作の用法も理解しなければならない。
1946年から1966年の間~旧悪として習武が禁止されていた文化大革命時にも楊老師の指導を受け続けた~動作の要領、規範動作、器械、推手、二十年以上、たゆまず磨練して技術を受け継いだ。幼い頃には病弱だったのに、八十を超えた今では、健康で足腰もしっかり~楊老師と太極拳に感謝している。

楊老師は、徳が高くて、芸(武)に精通している~と、北京武術界で称賛されていた。
その太極拳は、軽灵柔滑、善于柔化~弟子たちに推手を講義する時、「手を合わせた時には軽く~“軽”という条件が整っていなければ相手の劲力を听けない。重いと听劲能力が落ちる」⇒「重手听力差、軽手敏捷」
と教えていた。

ある人は、、、
「楊禹廷老師との推手は、まるで絹に触れているような感触~柔らかく、なめらかに滑っていく」
と述べている。

楊老師は、武徳についても説いていた。
推手の時、軽はずみに力を出して、相手に恥をかかせないように~相手がバランスを崩した、もしくは安定しない、で十分~自分の功夫がまだまだだと自覚して、引き下がてくれれば十分⇒「点到為止」

当時の推手は、技術を研究する為に互いに切磋琢磨していた。
力比べではない~勝ち負けや技術の高低を決めるのではなく、練功を通して、自身のバランス~相手の力の受け方~躱し方などの変化を体得するのを目的としていた~現在の競技用推手とは目的が異なる。

当時、公園での教拳には面倒が生じることもあった~
老師の名声を伝え聞いて、腕試しを挑んで来る者がいたり~というような。けれど、楊老師がそのような面倒に巻き込まれたことはなかった。

二つほど、小さな出来事があった。
中山公園で練拳している時、一人の外地人(北京以外の人)がやって来て、、、
「この十日ほど、あなたの拳を見ていたが~教え方が素晴らしいので、習いたい~」
「練拳経験は?」
「二十年ほど」
「何を?」
「楊式」
これを聞いた楊老師は、、、
「私が教えているのは呉式。今から私に随いて習っても、今ほどの力はつかない。あっちで、楊澄甫の弟子で功夫に優れている崔毅士老師が教えている」
と、婉曲に拒絶した。
私は、生徒が増えるのに~と思ったが、、、
「二十年近くも学んだということは、それなりの功夫があるはず。それを改拳させるなんて、勿体ないだろう?」

そして、もう一つ。。。
私と、そう年が変わらない、頑固で気の強い性格をした師兄がいて~
推手練習時、発力を使って相手を飛ばしたがっていて~楊老師から五年ほど学んだ後、太極拳は自分には合わないと考え始め、同じく、中山公園で形意拳を教えたいた陳子江老師から拳を学びたいと考え~こっそりと、陳子江老師の下で形意拳を習い始めた。

数日間、陳子江老師に学んだ後~隠し事をしたまま練習するのはよくないと、陳老師に告白。
彼が楊老師の弟子だと知った陳老師は、「楊老師に次第を告げ、老師から一筆貰って来たら教えよう」と、、、

仕方なく、師兄が楊老師に自分の思いと陳老師の言葉を伝えると、、、
「一筆は必要ない。私が一緒に行って直接頼んであげよう」
と笑いながら言い~即座に、師兄を連れて陳老師の元へと向かい~
「師兄。彼を指導してくれないか。師兄と私では教え方が違って~彼は師兄の拳を学びたいらしい」
という出来事もあった。

この二つの出来事で、楊老師の心の広さを実感させられた。

私自身、現在は太極拳を専業としている。
現在の太極拳、大きく変化している。以前は女性の練拳者は少なかったが、女性の方が多くなっている。若者が多かったのが、高齢者の方が多くなり~推手練習が少なくなったり~

私の教え方も楊老師とは違う。
先ずは、套路を教え~その過程で、套路に出てくる式(勢=架)を利用して、基本功と基本用法など~中身の無い套路とはならないように、糾正、説明をしている~これらの知識が無いと、レベルアップが出来ない。

太極拳を練習する時には、「何故、そうしなければならないのか?」を理解しなければならない。
by takeichi-3 | 2015-12-27 23:58 | 偉人たち | Comments(0)

北京、中山公園。。。楊禹廷老師の想い出①

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北京、中山公園での楊禹廷老師(呉式)&弟子たちの集合写真。
こんな写真を見たら、出自が気になって~調べたら。。。
北京体育大学の「劉敬儒(形意&八卦掌)老師」が楊禹廷老師生誕115年記念に寄せた、想い出話に添えられていたもの。。。

1950年から60年代にかけて、毛沢東主席の「発展体育運動、増強人民体質」という方針の下、中国武術運動は発展し始め~毎早朝、天壇公園はもとより、東単公園、歴史博物館、故宫付近など~空き地があれば、学武のグループが見かけられた。

中でも、中山公園は賑やかだった。教拳する者が多かったというだけが理由ではなく~著名な武術家たちが公園内で教拳授徒していたので、レベルも高かった。

週末になると、ここを目指して、武術名家や愛好家が遠方からやって来て~
公園は、武練拳者たちにとって天国のような場所であると同時に、北京武術界の交流の中心となっていた。

正面から入って、東寄りに向かうと~劉志剛先生の八卦掌~日曜日には、韓其昌先生が北京大学の生徒と共にやって来て梅花桩の練習~北面では、崔毅士先生の楊式太極拳。午前十時前後になると、人々は、崔毅士老師が弟子たちを相手に推手を指導している姿を見ることが出来た~時には、形意拳の陳子江先生が授拳していることもあった。

東にある「今来雨軒(茶館)」近くの東屋周辺では、楊禹廷老師の呉式。授拳のかたわら~楊老師は、訪れて来た拳友たちと語ったり、優雅な雰囲気が漂っていた。

更に東に向かうと、駱興武老師が形意拳と八卦掌を教えていた。;
正門から入って西方向に~曲折する長廊を辿ると馬月清先生が八十八式太極拳を~孫風邪秋先生の陳式太極拳。孫先生の大捋は非常に功夫があり、多くの人を惹きつけていた。
北側の河沿いでは王芗斋先生が教えていた。

このように、中山公園では、至る処で練武術的人を見ることが出来た。

日曜日になると、私は、必ず中山公園に行った。
先ず、駱興武老師の処で形意拳と八卦掌の指導を受け~練習後には、駱老師に随って楊老師の所へ行き、生徒に推手を教えている様子を見ていた。

毎回、駱老師の姿が見えるや否や、東屋に座っていた楊老師は立ちあがって迎えに出て、座るようにと勧め~両手を添えて煙草を差し出し~談笑が始まる。

駱老師は、「楊老師の振る舞いを学ばなければならい」と言っていた。
確かに、駱老師は、せっかちで怒りっぽかったが~楊老師の影響で、感情の起伏も穏やかに、親しみやすくなっていった。

楊老師の処では、徐致一先生、郭古民先生、長陳雲先生~それに呉図南先生などの姿を見ることもあった。

ある朝、天津の呉孟侠先生がやって来て、怒気のある口調で「誰がXXXだ?」と老師に尋ねた~「XXXが、彼の弟子が俺を打ち負かすといったそうだが~どんな風に打ち負かすのか、自ら確かめに来た」

面倒なことに、XXXもやって来て~
「お前がXXXか?!お前の弟子が俺を打ち負かすのか?」
XXX先生は、言葉も返せず~顔を真っ赤にしていた。

これを見た楊老師は、急いで間に入って~双方に礼を尽くしながら、「若い者の言ったこと、根拠があるわけではない。些細なことで汚点を残すことなどしないで~仲良くやっていこうじゃないか」と言い~その言葉に双方納得して、握手を交わした。

一般の生徒が練習を終えて帰った後、近しい弟子たちに深い内容を授拳。
生徒たちは、聞きながらノートを取っていた。老師の教え方は生徒以上に真面目だった。動作だけではなく、拳理も~一式(勢)を細分化して、動作の方向や角度、劲力などを非常に明確に説明していた。

私は、いつも傍らで聞いていて~多くの拳理を学んだ。楊老師の講義は、学びというよりも喜びのお裾分けのようなものだった。

楊老師と生徒が推手する様子~どれだけ羨ましかったか。。。
ある時、楊老師と手を合わせる機会があり、初めて、真の「不丢不頂」~何が真の太極推手なのかを知った。楊老師は発力で弟子たちを飛ばしたりはしなかった。「足が浮けば、それで分かるだろう」

私の老師、張占魁の弟子裘雅和老師は、
「楊老師は、私がいつも偷拳しているのを知らない。楊老師は、本当に懂劲懂拳だ。素晴らし拳だ」
と言っていた。
by takeichi-3 | 2015-12-26 23:58 | 偉人たち | Comments(0)

中国功夫史。。。速度編

中国功夫映画の中、、、スピードを取り上げています。
身体の動きを固定がちにして攻撃のスピードをアピール~ドニー・イェンが出演した映画の幾つかは早回しをしている~音楽と効果音を使って、より早く激しい印象を観客に与える~等々。。。




アメリカのコマーシャル。。。


by takeichi-3 | 2015-12-25 23:51 | 偉人たち | Comments(0)

太極単操。。。動態の桩站功

f0007580_23383212.gif「身体の癖なのか、いつも右肩が上がっているって注意されるの~」
と、その改善方法を質問されましたが、、、
太極拳は整体運動。歪んでいる右肩(右側)のみを治そうとすると、今度は左側に歪みが生じたりします。直したい時には、左右均等に⇒両肩の肩井を臀部の環挑に繋げ下げるようにすると簡単に直せます~腰の歪みにも有効です。。。
(^^)v


肩井を下げる~沈肩墜肘と含胸抜背の要~動作の繋ぎ目には必ず行われています=三堅四平と股の緩みには欠かせない動き⇒太極単操を通して、身体に覚え込ませ~習慣化するのはどうでしょう?

≪太極単操≫
太極拳の効果的な練習方法。
套路を覚えたら、太極拳学習は終了?
套路(外形)を覚えたら、中味(内劲)を練る~が、太極拳のレベルアップには欠かせません。

太極拳単勢練習、もしくは太極拳単操手とも呼ばれていて~略称「太極単操」
太極拳の套路は、一つ一つの単勢(型⇒野馬分鬣、搂膝拗歩など)によって組成されています⇒各種の単勢が連環相連して套路が構成されています~ので、単勢練習のレベルが套路充実の基礎となります。

単勢練習の長所は、時間や場所を選ばずに練習できる⇒一つの動作を、スペースに合わせて方向を変えながら反復⇒回旋(転身)は、重心移動や連環の基礎となって、套路を通す時の「勢勢相連」に役立ちます。

単勢練習で心がけたいのは。。。
腰を軸として、手は身体に随って動くを意識⇒例えば、雲手⇒数十、数百と繰り返し行うことで、意識の通りが自然になってくる⇒長くお箸を使っていると、その握り方や動かし方を考えなくても、皿の上の肉を取ろうと意識するだけで、自然に腕が伸びて箸が動く。

バランス感覚を高めたいなら、、、
蹬脚や分脚を左右交互に繰り返す⇒腕や背腰とのバランス(八面支撑=身法)も求める。

気の昇降を高めたいなら、、、
起勢動作を反復⇒身法を実現させながら~吸気に合わせて手腕を上げる~吐気に合わせて、下沈しながら手腕を下ろす~を、内側の変化を求めながら反復。

一つ一つの型(勢)それぞれを、身法を考慮しながら行う=動態の桩站(タントウ)功です。
by takeichi-3 | 2015-12-24 23:48 | 太極拳 | Comments(0)

「2015年中国武術套路王中王争霸賽。。。

この週末に、江蘇省大倉で開催された「2015年中国武術套路王中王争霸賽」
男子は浙江省の「王地」、女子は江蘇省の「魏海玲」、いずれも、南拳選手が“王中王”に。。。

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競技方法。。。
参加選手は、拳術(長拳、南拳、太極拳)より二種、短器械(刀術、剣術、南刀、太極剣)より一種、長器械(棍術、槍術、南棍)より一種~にプラスして伝統器械~の五種目を表演し。その合計点によって決まります。


競技大会。。。解説者が競技に精通していると、得点などにも納得できます。
自身の世界記録を、僅かな期間で塗り替えた羽生選手のグランプリファイナル、ショートプログラムの英語解説(翻訳付き)。。。楽しいです~(#^_^#)


by takeichi-3 | 2015-12-23 23:47 | いろいろ | Comments(0)

荷叶滾球(八面支撑)。。。郭古民(八卦掌)

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by takeichi-3 | 2015-12-22 23:58 | 太極拳理論