北京で太極拳

takeichi3.exblog.jp
ブログトップ | ログイン

紅拳。。。

基は、秦の始皇帝時代の舞踏から派生したという紅拳。



紅拳は、100年前に現れた反清政府のスパイ≪高鹞子⇒身軽な動きがハヤタカ(鹞)のようだった≫の秘密の武器だった。

陕西省関中宝鶏鳳翅県に、高鹞子よりも早い時代の紅拳大師≪宝鶏龍≫の五代伝人≪李鐘≫師傅を尋ねた。ここでは、紅拳の古い演練方法を見ることが出来る。

各種の武器を簡単に扱っているように見えるのは、練功のお陰。外出に際しても携帯して訓練を怠らない。特に、≪陕拳≫とも呼ばれる麻袋を使った手の強化。袋の中には大きめの石が入っているが、一か月に一回は変えないと粉々になってしまい使い物にならない。




西安に住む≪王克俊≫老師が弟子の指導をしているところ。
これは≪威継光≫が考え出した鍛錬法≪却地龍≫と≪孤燕盘翅≫、いずれも紅拳の十大盘功。
超常な靭帯を作りだせる。

≪張悦侠≫は、今年97歳。鍛錬を積んだその動きには誰もが驚く。
威継光の功法は、打ったり蹴ったりする時に相手よりも早く長く(距離)動く為のもの。

高鹞子が故郷に秘儀書を残しているのでは?と、、、彼の故郷四川に向かった。

高鹞子は、紅拳で名を馳せた武林宗師。
彼が文字として残したものが少ないのは、反政府運動家という素性を目立たないようにしたから。
故郷に残る訓練道具や武器に、その片鱗が残っている。

※威継光(明代の武術家:1528-1587)
中国武術の歴史は長く、明代に至るまでに数多くの武術家によって発展していました。拳式の種類も多く、それぞれに長所と短所がありました。威継光は、修行の果てに有名な民間16家のうちから32個の姿勢を取り上げ、武術書“三十二勢”と、国家を防衛する兵士訓練の為、刀、槍、棍による“武芸の源”を編纂しました。
陳王廷は、威継光以降に民間武術を整理した偉大な武術家。数多くの武術家と交流し、その長所を取り込みながら新しい拳を創り出しました。彼が武術套路をまとめていく上で、威継光の影響はとても大きく、三十二勢から二十九勢も取り込んで太極拳套路を創りました。武術書三十二勢は“懒扎衣=ランザァイ”をもって起勢としていますが、陳王廷が作った拳式もみな“懒扎衣”を起勢としています。

武術の系譜でもある≪即拳式名称≫と和≪拳经总歌≫にも、戚继光の《拳经》三十二勢が太極拳の元になっている記されています。




表面的には山西為替商ガードマンを職としていた高鹞子。実際には義軍≪石達開≫の密偵。
世間を欺くために武功も隠していたが、マフィアのボスとして名を馳せていた≪馬黒子≫との戦いは伝説になっている。

「俺の相手になる奴はいないのか?」と叫ぶ馬黒子の前に、飛ぶように現れた高鹞子。
馬黒子と戦うには、先ず、彼が飼っている凶暴な大猿に勝たなければならなかったが、家で四匹の猿を飼い、その動きを研究していた高鹞子の動きは猿よりも機敏で難なく勝利し、馬黒子をも秘密の拳で倒してしまった。

高鹞子の紅拳は、本来の紅拳とは異なっている。
自身の体型⇒背が高く痩せている~を利用した動きになっている。
by takeichi-3 | 2011-07-04 23:54 | 武術各派 | Comments(0)