五祖拳。。。

≪五祖拳≫



五つの異なる拳なのに、それらの全てを同じ名で呼んでいる拳があります。
その中国本土と台湾それぞれの伝承者、、、

五祖拳、その名前の由来は?
五つの法祖に由来⇒太祖、羅漢、達尊、行者、白鶴の五拳を一つに統一。
この五祖は、どういう経緯で一門になったの?
泉州地区では玄女拳という呼び名も。行者拳は、それ以外の呼び名も~古い書籍によると、伝承の過程で淘汰されたからではないかと~各々の拳の風格は似通っている。歩型は同じ。功夫の要求も~一つの拳という感覚ではなく五拳を同時に学んでいるのと同じようなところも。泉州人は、五種どの拳も五祖拳と呼ぶ。

五祖拳は、泉州地区の主要な拳。拳、器械の功法がある~内外兼修南少林拳。

五拳が似通っているとはいえ、区別はある。
太祖拳は、宋の太祖趙框胤による。接近戦。
達尊拳は、禅宗達磨祖師による禅参拳。運柔入剛。動中有静。暴烈剛猛。
行者拳は、猿拳。長取短収。跳躍と機敏な動き。
白鶴拳は、白鶴の舞を取り入れた動き。長打。
五祖拳を学ぶ者は、少林寺の硬功夫も訓練している。

千年の時間の中で、南少林寺の武術は泉州民間に浸透していき、習武という伝統を作り上げた。

北宋年間に「遺跡清源興国建、泉南到処少林風」という詩句がある。

少林武術が泉州に伝わった経緯は、、、
「拳頭、焼酒、曲」は、泉州人の娯楽。この中の拳頭=南少林武術=五祖拳。

南州の錦尚にある村ルーツオ。
ここでは、男も女も老人も子供も五祖拳を学んでいる。83歳の男性による大竿。70歳過ぎの男性による行者(猿)拳。五祖拳の器械功夫。藤製の盾&刀と鋤の戦い。日常使われている道具が武器となっている。

各家庭が習武するようになったのは、海辺という地理的環境⇒倭寇や海賊の強奪から村を守るため。
明清期に獅子隊を組織した⇒「殺獅技撃」と呼ばれる表演~棍棒、槍、刀などを手に青獅子と戦う~三百年近いの歴史がある。

殺獅技撃と五祖拳の関係は?
「殺青獅」の発音は「殺清師」と同じ⇒清兵を殺す。殺青獅に関わっているのは、全て五祖拳を学んだ人。他の拳は入っていない。

鋤鍬、棒、雨傘など長短様々な40品目にわたる農具家具を武器として、音楽に合わせて動く。その陣容は、様々な形に変化、その表演が終わると~獅子が登場して、これを打ちにいく⇒反清朝。

五祖拳は、南少林拳の代表的な拳であるだけでなく、福建省七大拳の中で最も古く優れた拳。

誰によって、いつ創られたのか。。。
台湾への伝承は、古い資料によると、1895年に劉美堂が泉州に行った時からではないかと。。。

民間の伝承~
清康熙年間、少林武僧の武功は高く、西魯国の反乱軍を抑え~その名を轟かせたが、ある者の奸計により~康熙帝は三千人の兵を少林寺に派遣して焼打ちに~数百人いた少林僧のうち、僅かに生き残った5人が泉州少林寺に落延びた~この五僧が少林五祖。彼らの拳は当地の拳と結合、五祖拳となった。

この「火焼少林寺」は、多くの映画やドラマになり、武術ファンを虜にした。
だが、歴史学者たちは、この故事を疑っている。西魯国の存在は確認できない~火焼少林の事実も正史の中からは見つかっていない。

出現した年代には諸説あるが、
泉州には、宋代、宋太祖が江山で酒を飲みながら家臣と話している時、太祖拳の運用(技巧=秘伝)を話し始めた。酔いが醒めてから後悔したが、後の祭り~その後、南少林寺に伝わった。

泉州に伝わった経緯は、、、
趙匡胤(宋太祖)が天下を取った後、その後継者たちは、シルクの交易などで経済が栄え安定していた泉州へとやってきた。宋家に伝わる拳=太祖拳~宋軍の南下に伴って泉州に伝わった。

黄培~五祖拳、台湾への伝承に関わりがあると、、、
黄培松は、光緒6年に武状元となり⇒中国最後の武状元。彼の出身地は泉州南按六都=彼が身につけていたのは、五祖拳。官吏となってから故郷に戻ってきて拳を普及した。

黄培松は、棍など武器の技術も身につけていた。
弟子の一人、黄勝が光緒末年に台湾に渡った。台湾各地を巡りながら弟子を集めた~その後、佳里鎮冬瓜寮の劉潤が棍を台南に広めた。

棍は最も原始的な武器である。
武術を学んでいない人間でも扱うことが出来る。棍は兵器としてはポピュラーなので、百兵器のトップとみなされている。

五祖拳の武器の中で、棍術は突出している。
舞棍は、手、目、身、法、歩が協調一致。力量、速度、耐力も優れている。

清朝の攻撃から逃れ、多くの泉州人が台湾に逃れた。その時に、泉州の文化も台湾に持ち込まれた。

剣経と少林寺棍の関係は
明朝の抗倭の名将、俞大猷も五祖拳と関わりがあるようですが?
彼は≪剣経≫を書いています。初めての武術専門書籍。戚継光が「千古奇秘」と賞賛。俞大猷は、太祖拳を学んでいます。それから猿拳=行者拳。彼は、清源山の白猿公から学んだと~

剣経は、棍法の集大成。棍と長兵器の用法、、、
俞大猷が兵を引き連れて河南に向かう途中で少林寺を訪ねた時、少林寺棍法が既に失伝しているのをみて、二人の少林弟子を軍に入れて棍法を授け~その後、少林に返し~以来、少林寺の棍法は広く世に知れ渡ることになる。

五祖拳の特徴は?
五祖拳それぞれに共通する点は、拳勢激烈、硬功が主、剛猛⇒剛柔相済。
馬歩は小さい、身法は端正。。。龍行虎歩⇒帝王のような気迫~全てが実践でき、無駄なところがない。

動作は、古朴、簡潔⇒攻防の意識がハッキリしている。

練拳は、頂、頸、胸、腰、背、肩、肱、腕、股、膝などの関節を連環させながら開いていく。
開くと~龍のように素早く動けるようになり、力(劲)は猛虎のようになる。
身体全体が一本の鎖のように~地面に固まっていた状態の鎖(関節)が伸ばされる=劲力が大きくなる。

五祖拳、練習時の要求。。。
頭は上に、両肩は墜とす、心胸守、丹田聚~練習時には含胸抜背、沈肩釦節、固守待進、呑吐浮沈(呼吸への要求)、、、意念によって動く。

五祖拳は、どのように伝承されてきたのか?拳譜は?
各門それぞれに独自の拳譜がある。以前、その多くが外部に開放されることはなかった⇒師徒関係にある者のみに伝えた⇒口口相伝。

拳譜は一代一代と伝えられていった。
現在、二十種ほどの老拳譜を収集して気付いたが、各門派の伝承が異なっている。同じ五祖拳の同じ套路なのに、動作、規範が違う。

現在、五祖拳ラジオ体操がある。
五祖拳大会の参加者は、40か国に及ぶ。


※補足。。。五祖拳創始者と言われているのは、≪蔡玉鳴≫。
泉州で育った蔡玉鳴、、、一帯に太祖拳が伝わってから千年以上が経っていた。
幼い頃から武術が好きで、父親に拝師させてくれるようにせがんで~18歳の頃には太祖拳を完全マスター。その後、二十年~師や拳友を求めて各地を巡り~羅漢拳、達尊拳、猿拳、鶴拳の五種流派の拳を学び、それらを統合した五祖拳を創った。
by takeichi-3 | 2013-07-21 23:55 | 武術各派 | Comments(0)

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