北京で太極拳

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2018年 02月 11日 ( 1 )

今は亡きカンフースター、ベスト10.。。

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今は亡き、カンフースター10人。
登場する彼らのアクション、シッカリしていて見ごたえがあります。
個人的には、19分20秒位から紹介されている劉家良の動きが好み~♪





★動画とは異なりますが、簡単に個々の来歴を紹介~m( _ _ )m

10)于承惠
1951年に青島体育学校で学武開始。1960年。青島武術大会で全能優勝して、山東省体育学院武術隊に~1963年、華東地区武術大会~「酔剣」で優勝。同年、訓練中に怪我をして武術隊を離れて機械工場で働いていたが、練武は続け~1979年、寧夏武術隊に招かれてコーチとなり、以降、武術界で頭角を現すようになった⇒剣に長けていて、ジェット・リー主演の「少林寺」での敵役で、その技を披露している。

9)林正英
貧しい家庭に育った林正英。六人の子がいて三番目。兄姉と同じように、二年で学校を止め~1963年~1964年、香港にある京劇団に入る。春秋戯劇学校の粉菊花をメインに于占元にも学び、七小福構成員だったジャッキー・チェン、洪金宝らとも一緒に訓練を受けていたことがある。3~4年の京劇訓練の後、映画界に。

8)惠天賜
満州族正黄旗人。豊かな家庭に育ったが、文革期に父母に連れられて香港に逃避したが、父親が人に騙されて破産。子供たちは京劇団へと送られる。妹たちも香港では有名な女優⇒惠英紅(ドニー・イェンの母に武術を学んだ⇒武侠でドニーと共演している)とか。春秋戯劇学校では粉菊花に学び、同門には、林正英、董瑋、楊盼盼等がいる。

7)江生
台湾出身。武侠の大監督「張彻(徹)」の第四代弟子。その関係もあって、ショーブラザースでは多くの作品で主役を演じている。ショーブラザーズを離れてからは、脇役しか回ってこなかった。

6)馮克安
父に従って映画界に。五六十年代には子役として多くの作品に出演。六七十年代になって劉家良班で武術監督修行。七十年代末に成家班に入って、俳優&アクション監督を務めた。悪人顔の馮克安~その敵役ぶりは突出していて観客の目を奪った。八九十年代になると、ジャッキーチェンや洪金宝の作品以外、徐克や袁和平、呉宇森等の作品にも参加している。

5)羅烈
1938年、インドネシア生まれ。十代の時に香港に。幼い頃に学武。映画が好きで~1962年にショーブラザースの「南国実験劇団」の一期生として訓練を受けて卒業後に俳優に。80年代初期にショーブラザーズを離れ1988年に亜洲TVに。

4)汪禹
1970年代より映画界に。初の出演作品、呉思遠監督の「蕩倭寇灘」でアクション俳優&主役のスタントに。1972年ショーブラザーズと契約。最初の主演作は、李翰祥監督の「北地臙脂」

3)傅声
1971年にショーブラザーズの俳優訓練班に一期生として参加。翌年に同社と契約。
張彻監督と傅声の父親は親友。傅声の明るい性格を好んだ監督は自身の「仇連環」に主役として起用~役者人生がスタート。

劉家良
正宗南派洪拳伝人(父親の師匠は黄飛鴻の弟子林世栄)。多くの監督作品があるだけでなく、自身も出演している~「群龍戯風」と「蠍子戦士」では無影脚を表演。武に対して伝統的なスタイルを重んじているアクション⇒洪拳老派の「腿不過腰」理論を守っている⇒ココに登場する黄飛鴻は蹴り上げ~はしていない。

監督&アクション監督を務めた、ジャッキー・チェン主演の「酔拳2」。
二人のアクションに対する考え方は~劉家良は伝統重視=クラッシク音楽。ジャッキーは即興的で自由=ジャズ。その二人の表現が融合したシーン。。。

1)李小龍
※同シリーズの中で、特集紹介している映像もあるので紹介の必要ナシ~だそうです。
by takeichi-3 | 2018-02-11 23:59 | 中国映画音楽 | Comments(0)