2018年 03月 03日 ( 1 )

内モンゴルの歌手「謄格尔」
年末からテレビなどへの出演が増えて~歌手同士で競い合う番組に出演。
自身のヒット曲「天堂」の歌唱が話題になっています。



内モンゴルの自然をイメージして創った曲「天堂=天国」に歌われている景色は、現在のモンゴルではなく、青々と樹々が生い茂っていた子供時代の姿。ある時期、畑を増やす為に伐採が繰り返されて~樹々は一本残らず失われてしまった。「我愛你我的家」という歌詞の中には憂傷な気持ちも~最近は、草原緑化植樹活動が始まって緑は増え始めている。


以前の謄格尔は、こんなイメージでしたが、、、
2010年に幼い娘を亡くしたり等で髪を剃り~歌手生活も控えていたそうです。





★謄格尔や汪峰等、数多くのロックバンドに参加~80~90年代の中国では三本の指に入っていたという名ドラマー「趙牧陽」。バンドの結成と解散を幾度となく繰返した後、ドラムから離れて三弦を背負い中国各地を流していたそうです。



寧夏中衛で歌劇脚本家だった父親は、右派と見做され~秦腔(中国西北地域の最古の伝統劇)に転向。母親は秦腔の役者。幼い頃から天賦の才があり、小学四年の時より秦腔劇団に~

1985年、陕西師範大学にいた兄を頼って西安に~学武の予定だったが果たさず、ジャズドラムを学び~苦練の末、僅か一年で「西北鼓王」と呼ばれるようになり~知人と共に北京に。

ドラマーが不足していた当時、多くのバンドで演奏。
100枚を超えるアルバム制作にも参加したりしたが、ミュージシャン自体の出演料が安かった&脇の存在あることから収入は少なく~生活に疲れて帰郷した後、三線を背負って流浪の旅に~友人の音楽家「張力」は、「中国の各地を行く彼の姿は、まるで苦行僧の様だ」と評していた。

三弦を「我的愛人」と呼んでいた趙牧陽。
この三弦、元々は、癌で亡くなった友人「野孩子バンド」のギタリスト小索が所有していた物。小索の死から三年、北京で主を失った三弦を手に入れ、蓋を開けると~青苔が生えていたと。。。

三弦流しの日々は孤寂で、、、
重慶で、三日間の稼ぎは僅か29元。現実に押し潰され~「もう止めて、新しい生活を始めようか」と悩んでいた時、宿の前で演奏を始めた芸人がいて~見に行ってみると、十分以上も楽器演奏を続けるだけ~どんな歌を歌うのかを聞きたかったのに~諦め、背中を向けて歩き出した時、ようやく歌い出した曲~自身初めてのソロアルバムの中の「流浪」~どう説明したらイイのか分からないけど、自分自身が崩れそうになった時~何処かからの力が、忘れてはならない大切なことを気付かせてくれることがある。

「堅持走下去」
以降、黄河辺で創った曲「侠客行」が中国好歌曲で注目され、活動の場所は増えていった。


★で、音楽を続けていくきっかけとなった「流浪」。。。


by takeichi-3 | 2018-03-03 23:59 | 中国映画音楽 | Comments(0)