北京で太極拳

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2018年 05月 15日 ( 1 )

形意拳老師。。。練功(功夫)の本質

北京八卦名人≪劉敬儒=国家級非物質文化遺産代表性項目代表性伝承人名単掲載≫の≪武之路60年≫という文章の中に懐かしい≪王世祥老師=師兄≫の名を見つけ~思い出を辿ってしまいました。


★2009年6月~私が王世祥老師に出会った翌日のブログです。

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昨日、宗維潔老師から紹介された形意拳老師のことを調べるにつれ、
半端ではない人物だと~(^^;


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王世祥(京城隠士)。河北省三河县生まれの78歳。
1945年、通臂拳大師張策老師(北京)の弟子だった王殿元老師に五年間五行通臂拳を習う。

1951年、形意・八卦大師駱興武老師の下で十年近く修行。苦練の後、全てを伝授される。その後、それに甘んじることなく会得したことを基本に手法の変化と攻防を研究し続けた。

駱老師は死の間際に独立(自分の派を作る)することを許した。

自分なりの基礎を築いてからは、武術界の友人たちと技を磨きながら実証を繰り返した。その過程で、相手を傷つけそうな場面に出くわすと、手を止めるので自身が傷つくこともあった。

「誰かと組み合うのは自身の拳を検証すると同時に相手の長所を学ぶ為。勝ち負けにこだわると心のバランスが崩れるし、勝敗は武術界の団結に悪影響を与える。“天下武術一家”。各家それぞれ表れが異なっても到達する場所は同じ。どの流派も優れている。本物か偽物かは手を合わせてみれば直ぐに分かる。」と、、、

老師は武術の伝統性を大切にしている⇒実践的武術。老師が主張しているのは、、、
「武術の発展は、伝統の基礎があってこそ。その歴史を顧みても拳が改変したということはない。生徒が老師の技術を全て習得した後、それを研鑽し続ければより優れたものになる。そして、時には、先人が思いも及ばなかった技法を編み出すことになる」

老師の指導方法は開放的。指導を希望する人には誰彼の区別なく指導する。
「門内、門外の区別はしないのですか?」という質問に、笑いながら「私にはこれといった特別な能力はない。ただ功夫と経験があるだけ。それは、誰でも功夫を心掛けていれば手に入るもの。私がどんなに教えても練習しなければモノにはならない。あなたたち(生徒)には分からないかもしれないが、誰にでも教えているとはいえ、教え始めてから暫くは生徒を試している。そのうち、私の目に適った者にのみに指導を与えている。通常は、習い始めてから三年は基本練習。その間に、武術を本当に愛しているか、良い素質(性格)を持っているか、我慢強く練習を続けていけるかを見極める。三年を過ぎた頃が本当の入門期。それからが本当の指導の始まりになる。」

老師の武侠談、、、
ある日の夕飯後。宣武芸園内で練習していると二人の中年男性がやって来た。
「バトミントンをやるから場所をあけろ」と、老師は二人に理を諭したが従わず、酒気を帯びていた二人は老師に向かい手や足を出してきた。自身は手や足を出さずに身をかわすだけ。二人はその服にすら触れることもできず息が上がり、最後にラケットを投げつけてきた。が、これも軽くかわしてしまった。そうこうするうちに人垣ができ、誰かが警察を呼んで事なきを得たが。。。

後から、この様子を伝え聞いた弟子たちが、「この二人を見つけ出して懲らしめなけらば」と言うと、「やっつけようと思ったら、ちょっと手を出すだけで簡単に終わっていたよ。彼らは普通の人(武術家ではない)。私に怪我をさせることもできない。武術家が手を出すとなると大怪我だけでは済まないこともあるからね。練武術は自分を助ける(養う)ものでなければ。悪い運用をしてしまうと、今まで積み上げてきたものを台無しにしてしまう。」

老師がいつも生徒に言っていること、「あなたたちの武術は私が伝授したもの。それに対して、私には責任がある。もし、あなたたちの武術が悪いことに使われたとしたら、その責任は私にある。“手を出すのは最終手段”。本当にどうしようもなくなった時に、やむなく使うもの。私にとって、相手を倒すのはとても簡単。けれど、尊敬や愛を得られるのは、高尚な人格があってこそ」

★北京滞在中、宗維潔老師からは多くの太極拳規律を学び財産とすることが出来ましたが、それ以上の宝となっている体験は、王老師と共に宣武芸公園(芸=武芸)で過ごした時間⇒毎日、数十年変わることなく練習を続けている様子を傍らで見ながら、練功の本質~積み重ね(功夫)の貴重さを感じ取れたことです。
by takeichi-3 | 2018-05-15 23:58 | 偉人たち | Comments(0)