北京で太極拳

takeichi3.exblog.jp
ブログトップ | ログイン

2018年 07月 17日 ( 1 )

高蹺。。。

抖音映像を紹介した「高蹺(gao qiao」が気になって調べたら、要は、竹馬の一種。。。



≪踩高蹺=中国に伝わる民族活動の一つ≫
各地に伝わっている両足に高蹺をつけた民間舞踊。祝日等に表演されている。
古代より存在。劇中でも表演されていいた技術。北魏時代の石に刻まれた画像が残っている。一般的には舞隊形式で表演される高跷。殆どは、古代神話や歴史故事の中の登場の衣装をまとい~扇子、手絹、木棍、刀槍等を手にしている。

高蹺の起源。
多くの学者たちが原始氏族の图謄(トーテム)崇拝だと解釈している。
史学家の考証によると、堯舜時代に鶴を图謄としていた丹朱氏族が祭礼の中、高蹺を穿いて鶴を模したダンスを踊っていた。このような宗教的祭祀儀式が、雑技表演や戯曲に登場する人を模した舞踏形式へと演化。公元前五百年には既に流行していた。

その他~古文献《山海経》には、「長股国⇒伝説上の人種、長脚人」は、蹺をつけて海に入り魚を獲っていたたという記載がある。信じがたい様子だが、広西防城沿海の京族漁民たちは、現在、浅海網漁の時に蹺をつける風習がある。

春秋戦国時代の著名政治家「名嬰:山東省高密市人」は背が低く、隣国に赴いた時に高蹺を穿いて高身長に見せようとしたが誰の目にも明らかで、高官たちは笑うに笑えず~な出来事が民間に伝わったという。

かつて、両金城と呼ばれる街があって、街(城)の内と外の人たちの仲がよく~春節ともなると協力して花火を上げたり、互いに交流協力し合って豊かに暮らしていた。この状況を金儲けにしようとした官吏が、「内外、自由に行き来したい者は通行税として三銭銀を支払え」と要求したが、人々は従わず~官吏は城を閉門。橋も閉鎖~この時に人々は高蹺をつけて、白壁・白河を越えて~いつも通りに春節を過ごした~等の話が残っている。


★西遊記。。。。




≪世界的な呼び名はStilt≫。。。各地で楽しんでいるようです。


by takeichi-3 | 2018-07-17 23:57 | いろいろ | Comments(0)