北京で太極拳

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2018年 07月 29日 ( 1 )

出拳的規律~腰催肩、肩催肘、肘催手 by 尚雲祥

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武術作家「徐皓峰」が、尚雲祥薛顚等の形意拳大師に学んだ母方の祖父「李仲軒」の口述を元にした著作。その中、最近拘っている手腕の使い方に共鳴できる部分が。

「尚雲祥形意拳理論」
拳を打ち出す時には、腰催肩、肩催肘、肘催手の規律による⇒“三催”

★「尚雲祥」の娘「尚芝蓉(82歳)」による五行拳。。。




ある日、李仲軒が尚雲祥の家を訪れ、拳について語り合っていた時、突然、尚雲祥が李仲軒の腕を掴んで揺らすと、その揺れは李の全身に波及するので驚いていると、「こんな風に腕を掴まれた時、その反撃の仕方も知らないのか?」と溜息をついた。

尚雲祥の下で数年学び、他の弟子たちと比武の経験もあるので、咄嗟の攻撃に条件反射的に抗ってはいたのだが、尚雲祥にかかっては、まるで子供が抵抗しているかように効き目が無い。

手を放した尚云祥が言うには「拳部分を力任せに使うと、相手に掴まれた途端に無力になってしまう。根節となる部分(肩)からの力が通じていなければ~」

形意拳歌訣で語られている三節⇒対于上肢、三節是腕、肘、肩~根節是肩。対于下肢、三節是脚脖、膝盖、大腿根~根節是大腿根⇒“三星齐、泰山移”~三星就是三節、比喩三節整合、力可移山。

練三節~根節よりの劲力が末端へと伝わる(走=肩より~肘を経過して相手に)⇒三節整。
※要沈肩墜肘(肩甲骨稼働)~立身中正。



★十年後に出版された≪武人琴音≫。。。尚雲祥老師に学んだ韓伯言の口述。

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中国では、人と人との出会いや別れに際して、良く≪縁分≫という言葉を口にしますが、韓伯言と尚雲祥の出会いにも縁分を感じます。

済南で生まれた韓伯言は子供の頃から虚弱体質。それを改善させようという理由から、紅拳の孫老師より学武。成長後、政府の強国推進勧告により、新たに武術班を設けた北京朝陽大学への入学が決まり~北京に向かう際、孫老師から「尚雲祥を捜すがいい」とアドバイスを受ける。

北京に着いて、尚雲祥老師と面識のある人物を捜すが見つからず~


大学開講時、多くの著名な武術家が教授として名を連ねていて、生徒たちは各自で老師を選ぶことが出来た。その中、思いがけず尚雲祥の名前を見つけ~迷うことなく即決。

初めての授業。尚雲祥の容貌はごく普通なのだが、人を圧倒させる雰囲気を備えていて、初対面の生徒たちを静まらせた。「経験のある者は、経験の無い者の指導をするように」と指示。多分、それぞれの力量を見極める為だったと思うが~生徒たちは、何故自分たちで教え合わなければならないのか訝った。

一回目、二回目と、そんな授業が続き~形意拳の桩法、馬歩法などの基礎を教え始めた。言葉数が少ない教え方。生徒の腕に腕を重ね力を加え~反応を確かめながら「よし、よし」という感じ。

他のクラスは、楽しそうに打ったり蹴ったりの練習をしているのに、形意拳班は、ひたすら立たされているばかり。これは非常に辛くて~一か月が過ぎた頃には、多くの学生たちは別のクラスへと移ってしまい、残ったのは二、三人。この事態に、大学は、二度と形意拳班は作らないと宣告。尚雲祥を教授職から外した。

残った生徒たちに、、、
「今日が最後。明日から来ない。私と練習をしたい者がいるなら、一緒に家まで来るがいい」

韓伯言が語った、尚雲祥についていった理由。。。
「尚雲祥は、人に貴重な財宝を授けてくれる。価値の無いガラクタを与えたりはしない」
by takeichi-3 | 2018-07-29 23:49 | 太極拳理論 | Comments(0)