北京で太極拳

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伊勢志摩に行くなら。。。

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伊勢志摩方面にお出かけの機会があるようでしたら、スペイン村に。。。
夏休み期間、甥がパフォーマンスしています。





★ジャグリング~技の数々。。。




★横浜で指導していいます⇒ まろ/ジャグリング教室 
by takeichi-3 | 2018-07-30 23:52 | いろいろ | Comments(0)

絶技。。。天霜拳、風神腿、排雲掌

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2002年に放映されたテレビドラマ「風雲雄覇天下」
香港のコミック「風雲」を原作としているようですが、その小説の中に登場する武林秘籍~三絶を創始人「李大将軍」より伝承した「雄霸」が演化した三分帰元気⇒「天霜拳、風神腿、排雲掌」の各々を、弟子に授ける場面。
こんな技、身につけたい~\(^0^)/





師匠の雄覇を演じているのは千葉真一~絶技、こんな風に使います。。。




by takeichi-3 | 2018-07-24 23:55 | いろいろ | Comments(0)

命中注定。。。

≪一禅小和尚:第281話≫
師匠が言うには、全ての出会いは運命によって定められている。相手が、どんな人であっても、その人は生涯の中で出会うべき人。偶然は無い。その出現は、あなたに何かを教える為。だから、どんな状況に出くわしたとしても信じていていいのだ。行くべだと定められた場所。行うべきだと定められた事。全ては、出会うべくして出会っている。




6歳の小和尚を見た後~偶然、85歳になるフジコ・ヘミングが、自身の不遇時代を振り返って「神様が何かお考えがあって、そうしてくださったんだと思っています」と語る言葉に出会いました。フジコ・ヘミングのドキュメンタリー映画「フジコ・ヘミングの時間」が全国公開中~それに合わせたのか、インタビューがネットに掲載されていました。

★映画の予告編。。。



もし、あのとき、別の選択をしていたなら──。ひょんなことから運命は回り出します。人生に「if」はありませんが、誰しも実はやりたかったこと、やり残したこと、できたはずのことがあるのではないでしょうか。昭和から平成と激動の時代を切り開いてきた著名人に、人生の岐路に立ち返ってもらい、「もう一つの自分史」を語ってもらいます。今回はピアニストのフジコ・ヘミングさんです。

母が亡くなって、残してくれた家を守るために、飼っていた8匹の猫を連れて1995年にヨーロッパから日本に帰ってきました。でも、本当は帰りたくなかった。ヨーロッパで成功して「錦を飾る」予定だったんだもの。

母は、大嫌いだけど大好きな人。母のおかげでピアノに出会えたし、ドイツに留学中も、苦しい生活の中から仕送りを続けてくれました。母から届いた手紙に「私は塩を舐めてでもあなたに勉強を続けさせる」と書いてあって、眠れなくなるほど申し訳なかった。母のためにも成功したいと思ってがんばっていたけど、生きているうちにそれが果たせなかったのは、とても心残りね。申し訳なくて、死に顔を見られなかったわ。

フジコは母親から手ほどきをうけて、幼少期からピアノを始めた。母親の大月投網子は東京音楽学校(現・東京藝術大学)でピアノを学び、戦前のベルリンに留学。そこでスウェーデン人の夫と出会い、フジコと弟のウルフをもうけた。

私が5歳のころ、家族で日本に来て、母は私にピアノを始めさせました。気性が激しい人で、ピアノの教え方も他の部分でも、とにかく厳しかった。ほめられたことはなく、それどころか一日中、私のことを「このアホ」「なんでこんなこともできないんだ」って言い続けている。今思えば、子どもの教育という点では、母は正しくはなかった。毎日責められて何をやっても否定され続けるのはつらかったわね。父がいてくれたら「そんなこと言うもんじゃないよ」と止めてくれたかもしれない。父は穏やかな人だったから。でも、いろいろあって母と幼い私たちを残して、スウェーデンに帰ってしまったんです。母は、そんな父を決して許そうとはしなかった。たまに電話がかかってきても、激しい口調で怒鳴りつけてました。

戦前の日本で外国人の血が入った子どもを育てるのは、たいへんだったと思う。私も弟も、クラスメートから「おまえんち、スパイだろ」ってさんざんいじめられました。配給の知らせがウチにだけ回ってこないなんてことも、よくあった。

母はピアノをお金持ちの家の子弟に教えて、私たちを養ってくれました。私にピアノをやらせたのも、ピアノを身につけたら何があっても食べていけると思ったからでしょうね。

東京藝術大学を卒業後、ドイツに留学。ベルリン音楽学校を経て、ヨーロッパで演奏家としてのキャリアをスタートさせた。向こうで成功をつかむチャンスもあったという。

30代半ばのころでした。ウィーンに、世界的な指揮者であるレナード・バーンスタインが来ると聞いて、私は勇気を出して手紙を渡したんです。私の演奏を聴いてくださいって。その願いは運よく聞き入れてもらえて、私は彼が作曲した「ウエスト・サイド・ストーリー」など何曲かを演奏しました。演奏が終わると彼は私を抱きしめ「君は素晴らしい。私が力を貸そう」と言って、ウィーンでリサイタルを開いてくれることになったんです。街中のいちばん大きな柱に、私のリサイタルのポスターが貼られて、夢のようでした。やっとチャンスをつかんだんだって。ところが、リサイタルの直前、暖房もない古いアパートに住んでいた私は、ひどい風邪をひいてしまったのです。さらに、飲んだ薬が合わなくて左耳が聞こえなくなってしまった。右耳は16歳のときに中耳炎をこじらせて、すでに聞こえなくなっていましたから、両耳が聞こえなくなったのです。

そんな状態でしたから、結果は納得のいくものではありませんでした。ピアニストとしての未来は、完全に失われてしまったと思いました。ウィーンを去り、スウェーデンのストックホルムで、耳の治療をしながら音楽学校の教師の資格を得るために、学校に入りました。それから何十年も、ピアノを教えて、猫といっしょにヨーロッパのあちこちを移り住みました。

ウィーンのリサイタルの直前に風邪をひかなかったらどうなっていたか。それはぜんぜんわからない。(もう一つの人生があったとして)よかったのか悪かったのかも、今と比べようもない。でも、神様が何かお考えがあって、そうしてくださったんだと思っています。

どん底の生活は、何年も続いた。転機は、ヨーロッパから日本に帰国してから4年後の99年2月。NHKの「フジコ~あるピアニストの軌跡~」という45分の番組だった。

日本に帰ってきてからは、毎日、近所を散歩していたわ。向こうではピアノを教えていたけど、こっちでは教える相手がいない。ギリギリの生活でした。生きる気力をなくしていたかもしれない。地獄を歩いているような気持ちでした。でもね、お友達や母の教え子のみなさんが、聖路加国際病院で週に1回ぐらい演奏をさせてくれたり、母校の東京藝大のホールでコンサートを開いてくれたりして、だんだんたくさんの人が聴いてくれるようになっていたの。

98年の暮れ、近所の教会に置いてあったパンフレットに「待っていなさい。必ずそれは来ます」って教えが書いてあったのを見たの。やがてあなたの時代が来ますからって。そのときは、神様、その話は知っていますが、私のことはお忘れになっちゃったんですね、と思った。

それから1週間ぐらいたって、NHKの人から連絡があって~番組が放送されたのは、とても寒い夜だったわ。放送が終わった直後から局にはすごい反響があったらしく、ウチにも翌日からどんどん電話がかかってきました。

その後の活躍は、誰もが知るところ。6月から、初のドキュメンタリー映画「フジコ・へミングの時間」(監督 小松莊一良/配給 日活)が公開中。パリや京都の自宅での普段の暮らしから、世界を旅する演奏活動まで今の“素顔のフジコ”が収められている。

自分のドキュメンタリーを見るのって恥ずかしいわね。もちろん、演奏には、自信を持ってきたわ。でもね、こんなふうに注目されて、認められて当然とは思っていません。先日もある演奏会で、弾き終わったときに「ミスだらけでごめんなさい。拍手をもらう資格はないです」って謝ったら、その途端に会場じゅうの人が立ちあがって、「ブラボー!」って拍手されちゃって。その場から逃げ出したくなったわ。

ピアニストの中には、何分でこれだけ弾けるとか、どれだけ正確に弾けるとか、そんなことを自慢する人がいるけど、スポーツじゃあるまいし。正確なのがいいのなら、機械に弾かせればいいのよ。私は、あたたかい演奏をしたい。レパートリーが少ないと、よく言われるから、もっといろんな曲をやればよかったなと、ちょっと後悔することもある。でも、欲張らなくても、世の中には山ほど曲があって、ピアニストも山ほどいる。それぞれが得意な曲をやればいいじゃない。

ピアノも人生も、少しぐらい間違えてもいい、完璧じゃなくてもいいっていうのが私のポリシー。楽しいことばっかりじゃなくて、悲しいこともあったほうが、天国に行ったときに少しおセンチな気持ちにもなれていいじゃない。笑ってばっかりだったら、きっと退屈よ。
by takeichi-3 | 2018-07-22 23:55 | いろいろ | Comments(0)

高蹺。。。

抖音映像を紹介した「高蹺(gao qiao」が気になって調べたら、要は、竹馬の一種。。。



≪踩高蹺=中国に伝わる民族活動の一つ≫
各地に伝わっている両足に高蹺をつけた民間舞踊。祝日等に表演されている。
古代より存在。劇中でも表演されていいた技術。北魏時代の石に刻まれた画像が残っている。一般的には舞隊形式で表演される高跷。殆どは、古代神話や歴史故事の中の登場の衣装をまとい~扇子、手絹、木棍、刀槍等を手にしている。

高蹺の起源。
多くの学者たちが原始氏族の图謄(トーテム)崇拝だと解釈している。
史学家の考証によると、堯舜時代に鶴を图謄としていた丹朱氏族が祭礼の中、高蹺を穿いて鶴を模したダンスを踊っていた。このような宗教的祭祀儀式が、雑技表演や戯曲に登場する人を模した舞踏形式へと演化。公元前五百年には既に流行していた。

その他~古文献《山海経》には、「長股国⇒伝説上の人種、長脚人」は、蹺をつけて海に入り魚を獲っていたたという記載がある。信じがたい様子だが、広西防城沿海の京族漁民たちは、現在、浅海網漁の時に蹺をつける風習がある。

春秋戦国時代の著名政治家「名嬰:山東省高密市人」は背が低く、隣国に赴いた時に高蹺を穿いて高身長に見せようとしたが誰の目にも明らかで、高官たちは笑うに笑えず~な出来事が民間に伝わったという。

かつて、両金城と呼ばれる街があって、街(城)の内と外の人たちの仲がよく~春節ともなると協力して花火を上げたり、互いに交流協力し合って豊かに暮らしていた。この状況を金儲けにしようとした官吏が、「内外、自由に行き来したい者は通行税として三銭銀を支払え」と要求したが、人々は従わず~官吏は城を閉門。橋も閉鎖~この時に人々は高蹺をつけて、白壁・白河を越えて~いつも通りに春節を過ごした~等の話が残っている。


★西遊記。。。。




≪世界的な呼び名はStilt≫。。。各地で楽しんでいるようです。


by takeichi-3 | 2018-07-17 23:57 | いろいろ | Comments(0)

一禅小和尚。。。

猛暑~会う人毎、交わす言葉は同じ「容赦ない暑さで、外に出たくないわ」

相変わらず人気の高い、ネットアニメ「一禅小和尚」最新作277集は、夏の話題。
殺生を禁じられている出家の身。小和尚の蚊撃退法は?




挫折を繰り返しながら課題を達成。その経験が智慧となりレベルUP~努力が肝心。。。




272集~突然、イケメン僧侶が登場。
唐代から人々を救済する為にやってきたと言う僧侶「善無畏」には、何故現代に来たのかを思い出せず~食欲が無いと言いながら、コロンブスが南米から持ち帰り、インド、中国へと広まった唐辛子を食べた途端に食欲増大~食料不足に陥り、僧侶の頭を触ると煩悩が消える~で、乞食行。



蘇った記憶は~蘭若寺に行って~妖怪を倒して~等等⇒視聴者のコメント「騙された~今回の主題はゲーム(倩女幽魂手游)の新キャラ宣伝だった」


≪善無畏⇒ゲーム版≫
f0007580_0163387.jpg637年、中部インド王家に生まれ十三歳の時に摩伽陀国の国王となる。兄弟との戦争平定後出家、ナーランダー寺院にて達摩掬多に師事し顕密両教を兼修する。

716年、玄宗統治下の唐・長安に赴く。『虚空蔵求聞持法』、『大毘遮那経(大日経)』などを漢訳する。同時代の人物には金剛智、不空、一行、恵果等がいる。中国密教では三蔵法師の一人でもある事から「善無畏三蔵」と尊称し、日本の真言宗でも「真言八祖」とは別の系統である、「伝持の八祖」では第五祖に配される。

≪善無畏⇒実像?≫
f0007580_0263158.jpg≪日本渡来伝説≫
六国史等の公的な記録には無いが~布教の為に来日した善無畏が糟屋郡篠栗町若杉山の道中で大亀(グーズ)に出会い山頂まで運んでもらう。感謝した善無畏が八大龍王の儀式を行なうと大亀は岩と化した⇒現在も現存~グーズ岩と呼ばれているという。

717年:京丹後市の縁城寺に千手観音像を安置。
718年:南砺市安居寺を開く~後に行基が伽藍造営。
718年:橿原市久米寺に仏舎利と大日経を納め宝塔建立。
720年:横浜市の後に弘明寺となる地に結界を張って浄域とした。後に行基が伽藍を造営。

などの伝説が各地に残っている。
by takeichi-3 | 2018-07-16 23:59 | いろいろ | Comments(0)

抖音 Tik Tok。。。

「抖音 Tik Tok」~動画SNSを利用した動画サイトへの投稿が増えている中国。
何処の武術隊の練習風景なのか~レベル、高いです。



選手たちの動きはともかく。。。
各地武術隊の練習場所には「不是有希望才去是努力、而是努力了才有希望」とか「一不怕苦、二不怕難、三不怕死、誓奪金牌」「靠奮闘改変命運」等の言葉が壁に書かれているのが中国風。。。


抖音を利用した、高手在民間~映像。。。


by takeichi-3 | 2018-07-15 23:59 | いろいろ | Comments(0)

武当山。。。懐かしい

2014年、武当山に行った時に出会った道士。
最近になって、YouYubeに動画をUPした人がいて~お元気そうで何よりです。




f0007580_23473247.jpg当時は、こんな感じ。。。

武当山で出会った、剣を持った道士。
「日本で太極拳をやっていて~武当山武術が見たいです」
と言ったら、気さくに一舞いしてくれました。
「もうっ、最高~\(^0^)/!!!」
と言ったら、、、
「それ程でもないよ~(^^)v」
という返事が返ってきました。



★ミツバチと暮らす道士を紹介したこともありました。。。



太子洞で数十年の修行生活を送っている一人の老道士には、寄り添ってくれる相手がいます。いつの間にか巣を作ってしまった密蜂を追い払いもせず、在るがままにさせています。
「彼らは私を守ってくれる友達。これもまた、自然ってことかな。自然そのもの。」と無邪気な笑顔を見せます。

※CCTV制作「問道武当」で紹介されて以来、Bee Daoistとして有名な「賈永祥道爺」です。
by takeichi-3 | 2018-07-07 23:59 | いろいろ | Comments(0)

全日本武術太極拳選手権大会。。。

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全日本武術太極拳選手権大会、新しい会場で観戦。
※参加者全員の成績はこちらで⇒ 連盟サイトの全成績一覧
出場を終えた参加者と~反省会を兼ねて居酒屋して~秋の地区予選に向けて気持ちの切り替え。
な。今日でした。


練功を積み重ね~精彩な表演が出来るように頑張りまっしょ!




by takeichi-3 | 2018-07-06 23:59 | いろいろ | Comments(0)

アジア大会。。。2018ジャカルタ

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空が荒れています。
明後日から開催される全国大会を目指して、明日、東京へと移動される方も多くいらっしゃると思いますが、お気をつけて。


★8月18日よりインドネシアで開催されるアジア競技大会のマスコットたち。。。




★オフィシャルソング。。。






★インドネシアの武術チーム。。。


by takeichi-3 | 2018-07-04 23:56 | いろいろ | Comments(0)

籃球(バスケ)演化。。。

f0007580_22594648.gif中国語の「演化」~ニュアンスが微妙に違うと思いながら「進化」と訳していますが、先日、狂言師の野村萬斎さんが「伝統を演じながら進化させていく⇒演化」と語っているのを聞いて、正に!~同感しました。

2014年頃から動画にUPされるようになった「太極籃球」
最近のパフォーマンス、演化しています。



フリースタイルバスケットの北京市大会では優勝したこともあるリーダーの「姜山」
中国スタイル~を模索していた時、映画の中、張三豊に扮したジェット・リーが、ボールによって太極拳の威力でもある柔中有剛を表現しているシーンを見て~コレだ!と閃き、馬雲&ジェット・リーの太極拳普及組織「太極禅」を訪ね、馬雲の賛同を得て太極拳指導者を派遣してもらい~といった経由があるそうです。


フリースタイルバスケ世界チャンピオンの「ZiNEZ a.k.a KAMIKAZE」
その日本一決定戦Battle。。。





by takeichi-3 | 2018-07-02 23:55 | いろいろ | Comments(0)