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陳発科~色々。。。

張三豊(武当山系太極拳始祖)が直接教える太極拳絶学だそうです。金庸の武侠小説の中、太極拳は神秘なものに~(^^;

★あ。流石に絶学、外に漏らされないよう~動画早くも削除。。。(((((/-_-)/


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陳照奎老師の写真を見て、その“膻中&関元内含”の深さに気づいてから、呼吸筋コントロールによる気沈丹田(体幹&コア強化)を日常生活でも心掛けるようになり一年~太極拳以外のスポーツでも、その成果を享受できるようになっています。あ。今回の北京行きで、地壇公園の伝統拳老師に収腹の深度を調整してもらってから、肋骨の可動域が広がりました~♪


で、陳照奎老師の父親「陳発科」~陳式太極拳普及の為、陳家溝より北京に来てからの様子など。

陳発科(1887-1957)。陳氏十七世(太極拳第九代)。陳氏十四世「牌位大王」陳長興の曾孫。父延熙は陳氏太極拳の一代大師。

19世紀50年代、陳家溝で拳を学んだ楊露禅が北京にやって来て、太極拳を教え始め~その子、楊班侯と楊健侯~孫の楊澄浦の三代に亘る努力の下、太極拳は、宮廷~北京天津~と広まっていったが、当時、陳氏拳は殆ど知られていなかった。

陳発科が北京にやってくることになったきっかけには諸説ありますが、そのうちの一つ⇒1927年国民党政府が南京に移り、北京体育学校で太極拳を教えていた楊澄浦や呉鑒泉等は、北京を離れて南京や上海へと教拳に向かった⇒体育学校の太極拳教練が足りなくなり~許禹生は、楊露禅が拳を学んだ陳家溝から陳氏拳継承者の陳照丕(績甫)を教練として呼び寄せた。

多くの武林高手が集まっていた北京。腕試しを挑んで来る者も多く~拳で生計を立てていくのは大変なことだった。勝敗は自身だけではなく、陳氏拳の名声にも関わることと考えた陳照丕は、叔父の陳発科に、北京に来るよう要請する手紙を書いた。

1928年、北京にやって来た陳発科は、挑んでくる相手を悉く倒して存在を確かなものとした~名声が高まるにつれ、教えを請う者も増え~北京において、三十年に亘り陳氏拳を教え~陳氏太極拳の発展に貢献した⇒北平(北京)国術館館長の許禹生や血気盛んだった李剣華、沈家楨、洪均生、雷慕尼、田秀臣、陳照奎、馮志強等が陳発科に学んだ。

以下は、高弟楊益臣の弟による回顧です。
北京西単にある習武の習慣を持つ家に生まれた楊兄弟。兄弟五人のうち三人が北京電報局で働いてた。当時五十歳前後だった電報局の主管劉慕三は、呉式太太極拳宗師呉鉴泉の高弟。二十年以上呉式太極拳を学んでいた呉式と楊式太極拳の達人で、北京では有名だった。

国術が大好きで、毎日、電報局の職員たちと練拳。楊益臣と義弟李鶴年もその中にいて、呉式と楊式太極拳、推手を学んでいた。中でも、兄の楊益臣が秀でていた。劉慕三は、何時も兄と私を連れて西斜街の国術館を訪れては、館長の許禹生(形意拳、呉式と楊式太極拳のいずれにも秀でていた)と切磋琢磨していた。太極拳が河南陳家溝から伝わったことを知っていた劉慕三は、陳家溝に行きたいと願っていたが、時間を作れずにいた。

1928年、陳家溝から北京に教拳にやって来た人物がいると聞き喜んだ。以前は、外には伝えないと言われていた陳氏拳~自分たちが陳先生を招いたら、応じて拳を見せてくれるだろうか~などなど話していた時、李鶴年が「試してみよう」と~劉慕三の車で陳発科を迎えに行った。

劉慕三の家に招かれた陳発科。挨拶が済むと、陳式太極拳の一路と二路を連続して披露した。陳発科を滞在先へ送り届けた後、劉家にいた十数人は喧喧諤諤~「あれが太極拳?」「太極拳は舒展缓慢、以柔克剛なものなのに」「一套路を通すのに二十分はかかるはずなのに、二つの套路が十分もかからずに終わってしまった」「太極拳じゃないのでは~楊氏と違い過ぎる。震脚も跳躍もあるし、声も出している」「民間に伝わる拳の一種じゃないか?」

その時、劉慕三が、「気がつかなかったか?動作が速いとはいえ、旋回と圓で動いている。発劲があっても、放松している。発力の時に声を出しても、脚下には根がある。表演を終えた後、息が上がることもなく、顔色一つ変わっていない。功夫があるのは確かだ。あれが本来の陳家拳なのだろうか。取りあえず、拳式を教えてもらい~しかる後に、推手を請うことにしよう。私よりも強かったら、続けて学ぶことにする。先ずは、様子を窺おう」

最初に習い始めたのは十人前後。皆、電報局員だった。一路を習い終えた劉慕三は、推手を願い出た。北京の武術界では有望視されていた劉慕三だが、陳発科老師の推手は、今までに経験したことがないものだった。二人が手を合わせるや否や、劉慕三の歩みは乱れに乱れ幼子のように翻弄され~腕関節の靭帯を傷めてしまった。

「劉先生が力を入れたので、うかつにも加減ができなくなってしまった。松開転圓を維持していれば自然に化解出来るので、互いに傷つくことはない」

北京に来たばかりの陳発科は、天橋に出かけては各式拳や摔跤、中幡などを見て研究していた。これは、新しい拳架を創るのに大いに役立った。

ある春節、妻子が故郷に帰ってしまい、一人北京に残っていた陳発科を我が家に迎え入れた。皆が集まって歓談している時、李鶴年が質問した。「誰かが快速で拳を打ち出してきた時、どう対処しますか?」「ここに座っている私に向かって、打ってみなさい」

言葉通りに拳を打ち出した李鶴年は、目にもとまらぬ速さで飛ばされ~部屋の外まで飛んでいきそうな勢いだったが、背中が門の簾に触れたところで陳発科に掴まれ引き戻された。

一体何が起こったのか?誰にも分からなかった。李鶴年は顔面蒼白になっていたし~後に、「拳を打ち出して~打ったはずなのに、陳師の身は空で~綿花の中に入り込んでいくような~そして、飛ばされていた。先に飛んでいたのに、陳師は椅子に飛び乗って私を掴まえた。心服、心服~」

陳発科は、暇さえあれば練拳していた。歩きながら、座りながら、いつもイメージを働かせて動いていた。

早朝五時、私たちが練習会場に到着する頃には、陳老師の練習は終わっていた。毎日、二十回は套路を通していた。弟子たちには、先ず、目の前で套路を通させる。その後、老師が説明をして実際に動いて見せ、細かく弟子の間違いを糾正~それから運用と応用。弟子たちが練習をしている傍ら、タバコを吸いながら椅子に座り~ 「ヨシ!」「ダメだ!」~劲は肱にあるのか腰にあるのか~推手はどう使う~気が下まで沈みきっていない~腰の回し方は、それでいいのか?~虚領頂劲の加減は?手取り足取りという、辛抱強い教え方だった。

当時、陳発科の長男陳照旭も一緒に練習をしていて、子供ながらに推手が上手かった。ある時、練習仲間の一人が、「あんな小さいのに功夫があるなんて、きっと老師から秘訣を教わっているんだろう」と言ったが、そんなことは無い。夜中過ぎに起こされて、午前三時位から老師と共に練習をしていた。テーブルより少し高いくらいの背丈の子供が、大人たちと同じように容赦なく仕込まれていた。

陳発科の教え方は、誰に対しても同じだった。「技を隠したりはしていない。教え方も、自身の修行もまだまだなのに~隠すべき何があるというのだ?」

北京の誰もが、その武徳を称え尊敬していた。

≪陳発科≫
楊露禅の師匠≪陳長興≫の曾孫。父陳延熙の晩年に生まれた息子⇒兄が二人いたが、共に伝染病に罹り亡くなっていたこともあって、家人たちは彼を溺愛~好き放題に食べさせたりしていたので内臓が弱く、いつも発病していた~練拳が体を強くすると分かっていても、虚弱体質を理由に十四歳になるまでは本格的な練習はしていなかった。

当時、父親の陳延熙は袁世凱の元で教拳を担っていたので家にはおらず、従兄が留守宅を守っていた。体格が良くて、拳も相当だった従兄~当時の陳家溝でも上級レベルの腕前だった。

ある夜、数人の陳氏年長者たちが陳発科の家で雑談していた。話題が家伝の拳に及んだ時、「先人たちの武芸を引き継ぎ高手となった延熙だが、それも彼の代で途絶えてしまうな。発科は十四歳になったというのに、あんな風に病弱では功夫を成さないだろう」と話すのを聞き、自身を恥じた発科は、“伝家の拳を自分の代で途絶えさせてはならない~少なくとも従兄を超えなければ”と思ったものの~従兄と同じペースで生活(食べ、眠り、働き、練習)していると、従兄にも同じだけの力がついていくから、いつまで経っても超えられない~どうしたらイイのか?と悩み、夜も眠れなくなり、食欲も落ちていった。

ある朝、従兄弟と二人で田んぼに向かう途中、農具を忘れたことに気付いた従兄から、「走って、取ってきてくれないか~直ぐに追いつけるように、私はゆっくり歩いていくから」と言われ~農具を手に駆け戻って来て気づいた⇒従弟より多く練習すれば、彼を超えることが出来る。

その日から猛練習を始めた。従兄と同じように練習するだけではなく、従弟が昼寝をしている時や夜~床につく時間は同じだが、二時間ほどしてから起きだして寝室で練習⇒十七歳の時まで三年間、練習を続け~遂に従兄の知るところとなった⇒いつも一人きりで苦練をしていた訳ではなく、時には、叔父たちに推手の指導を請うこともあった。しかし、腕の立つ従兄には言い出せずにいた。

従兄は、「きちんとした練習をしなければ、自分勝手にやっていると癖がついてしまい、戦う時の弱みになる」と。

三年の苦練を積み、丈夫になっていた発科の身体は正常に発育~背は伸び、体格も良くなっていた。功夫も、レベルアップしていて~自分がどれだけ進歩したのかを試してみたくなり、従兄に推手を申し出た。従兄は笑いながら言った。「以前は痩弱だったから、他の従兄弟たちと同じように扱っていなかったけど、今なら、倒しても問題ないくらい丈夫になっているな~」

手を合わせ~従兄は、三回連続で発劲を仕掛けたが、共に発科の反撃に遭って倒された。三回倒され、発科の功夫が自分を超えたと悟った従兄は、悔しげな口調で、「私に及びもつかなかったお前が私を超えるなんて、どんな秘訣があるんだ?」「父親は不在だし、特別な秘訣なんてない。この三年の苦練の成果だけだ」

父親が家にいなかったとはいえ、幼い頃から、その指導方法を傍らで耳にしていたので、何をすべきかを理解していたのだろう。そして、叔父たちから学んだことも多くあったのだろう。同じように陳氏の拳を学んだ二人の知識に差はなかったはず。「秘訣なんてない」とはいえ、既に自身を武林高手だと思い自惚れていた従兄と、それを追い超す為に多くの時間と体力を費やした発科。

結論~「苦練なくしての成功はありえない」⇒太極拳史の中で、教訓として用いられているという有名なエピソードだそうです。

by takeichi-3 | 2019-06-30 23:55 | 偉人たち | Comments(0)

努力。。。

2005年当時。。。
昨日に引き続き、今日も宗維潔老師の練習。午前中は基本功。基本功コース、地味で辛い練習なので参加者は少な目。でも自分の身体と「立身中正」等の太極拳の要求を語り合うことが出来る、又とないチャンス。「上級者ほど、こういった練習に価値を見出せる」と先輩の皆サマが仰っていました (^^)v
 
《身体との対話》
「太股さん、もう少し後ろに座りたいんだけど」「働き過ぎて、もうこれ以上は無理だよ~」「だけど、しっかり座って腰を入れないと、先生が飛んでくる~」「限界だってば!」

「腕さん、そんなに伸びきってしまうのは、いけない事じゃないかと」「だって、腰さんが反っていて、後ろにpeng形を作ってくれないんだもの…」「腰さん、腕さんが反らないようにしてと言ってますが~」「え~っ!顎が出ているせいですよ…」「顎さん、腰さんからクレームが出てますよ」「そんなぁ、首さんがしっかりと吊り上げてくれないから…」みたいに、何時までたってもラチのあかない会話が続きます。

午後からは“規定楊式”。基本功でたっぷり“楊式歩行”をした後、套路練習になってからの老師の一言、「何故、套路になると基本功を忘れてしまうの?同じでしょ!」。私たちの進歩ときたら、三歩進んで二歩下がるみたいな~池袋駅で乗換時、久しぶりに階段の上り下りがとても苦痛でした。

な、過去でしたが、現在はフィットネスで筋力をつけたりもしているので(感謝)、練習で体力不足になることは殆どなくなっています。規律の理解度も体力も、優れた老師ほど簡単に見極めることが出来ます。規律を掌握している&体力がある≒努力するという素質を持っている~自分の教えが無駄にならないということから、初見でも快く指導をしてもらえます~努力、欠かせません。

努力習慣、形意拳の王世祥老師の練習に通う中で培われました。初期の頃、北京は60年ぶりの厳冬。毎日のように午前六時起床。午前七時にバス乗車する頃の気温は氷点下14度。暖房無し、窓からは隙間風が入り込んでくる(当時は普通)バスに揺られて一時間余り、午前八時過ぎに宣武芸公園に到着。練習を始める頃の気温は氷点下10度~な時間を過ごすうちに老師からの信頼も得られ~その日に学んだことは、翌日には僅かであっても進化しているように~を続けるうちに“功夫”という言葉の本質も理解することが出来るようになりました。


★努力といえば、こんな映像が。。。
一時期、削除されていたオーディション番組動画「我看你有劇」⇒合格者には映画出演の機会が与えられるという企画。

11歳の時、父親により少林寺に送られた「聂荣鑫」。在学中や、その後に所属した河南省職業隊時に幾度かキックボクシングで優勝したものの、家の都合で15歳で退役して武術教練に。数か月後、“これは、自分が望んでいる人生ではない”と気づき、武行(アクション俳優)の道に。

とはいえ、端役やスタントで自分の顔のアップがスクリーンに映ることは少なく~その日々の様子を寸劇に仕立てて挑戦⇒撮影所前で端役の求めを待っている青年。一般的な役は出来ないがアクションならと~現場で、監督からの要求に即対応。



聂荣鑫の演技を見て、自身の子供の頃の練功やスタント時代を思い出したというジャッキー・チェン。ユエン・ビャオと共に二階から落ちるシーンでは、毛布を膝や腕に巻きつけただけで何度も何度も~四十数年前、ギャラは二人で100香港ドル。

聂荣鑫のスタント場面が次々と上映され~他の審査委員たちはOKを出すものの、ジャッキー・チェンだけはNO。何故?

現在の聂荣鑫、自身でアクション俳優集団を作って映画製作もしているようです。

by takeichi-3 | 2019-06-29 23:59 | いろいろ | Comments(0)

虚領頂頸~内劲体感の第一歩。。。

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虚灵頂頸、虚領頂劲とも頂頭懸とも称されている虚領頂頸。その要求が満たされていないと、沈肩墜肘等の身法規律が正しく連動できず、立身中正が不完成となってしまいます。

太極拳規律の質問を受けた時、最初に整えて体感させるのは虚領頂頸から下松沈へと繋がるライン。正しく整えられた時に生じる脊椎の上下拉開(節節貫穿)感⇒内劲体感の第一歩。

★虚灵頂頸~数多く中国書籍の文章を訳していますが、その初期のものを。。。

その要求は、舌先は軽く上顎につける。第三、四節頸椎は後ろへと向かう意識を持つ。首は後ろをシャツの襟に押し付けるような感じで起こす(脳戸穴=首後ろ玉枕の中央辺りがフックに懸かっているような感じ)。百会穴は上へと向かい頂きとする。これが正しく出来ると、顎は自然に収まる。

例えば、頸椎を意識せずに顎を収めたとしても首が前に倒れてしまうので、中正の要求を満たすことができない。太極拳練習時に要求される中正安舒に大切なのは、脊椎の中正。

目線は前方に、聴力(耳)の集中は後上にすることによって気持ちを奮い起こすと同時に大脳を素早く安静に保つことが出来ます。これは、「眼線が前」と対抗する反対方向への力として「聴覚は後ろ」となり⇒太極拳の“有前必有后的”という拳理要求を満たすことになります。

意為主帥⇒まず、自分自身の思想(=雑念)を取り除き、気持ちを落ち着かせる⇒精神の放松。精神の放松が全身(外見)の放松を導いてくれます。虚領頂頸を作る=精神放松が得られます。この時に現れる放松は、力なく崩れ落ちそうな状態ではありません。松の木を思い浮かべてください。緩やかな曲線を描きながらも、天と地を貫いている力(意識)が感じられます。

「太極拳は矛盾運動。上下、前後、行きたい方向と逆の力の作用で動いているということを考えなければならない⇒矛盾による統一運動」例えば、虚領頂劲⇒頸の力を抜いて頭を上に。これに関しては、呉式で使われている“懸頂弛項”のほうが的確な表現かもしれません。

頭は風鈴とか海に浮かぶ浮玉感覚で全身を吊り上げている⇒力を入れて頸を上に伸ばすのは間違いです。これが出来ると、頭から下は自然に松開(関節の一つ一つが伸び開いて)して沈む⇒気沈丹田を誘導する=虚領頂劲と気沈丹田の相互作用⇒異なる方向に引っ張りあう感覚(拉开=放長)が生じます。

虚領頂劲が出来る⇒中枢神経の緊張も緩和⇒精神が安静⇒意識が通し易くなるので勢いが出る⇒スピードが早くなるというわけではなく、力が意識によって自由自在(活発)になるという意味。
by takeichi-3 | 2019-06-28 23:55 | 偉人たち | Comments(0)

ジャッキーvsブルースとか。。。

見かけたことはあるけれど、じっくり~とは思わなかった動画。結構、面白くて。。。




実際に二人が共演した当時、ジャッキーは大部屋俳優に過ぎなかったので~ほんの少し。




ジャッキー・チェン、ピーク時のアクション~監督&共演もしている劉家良のアクション、好きです。(#^_^#)




劉家良とジェット・リーの実践&南拳・北拳披露。




by takeichi-3 | 2019-06-27 23:56 | 中国映画音楽 | Comments(0)

湿邪の季節。。。

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中華調味料が色々と手に入ったので、久しぶりに「西紅柿牛腩=牛脛肉トマト煮込」を作りました。気温&湿度上昇してくると湿邪により脾胃の働きが弱まりがち、それを滋養する効果のある料理です。

★意外と手間がかからない料理~私は大根を入れましたが、ジャガイモ使用が多いようです。



湿度の高い日が続いて、なんとなく身体がダルイ~身体に湿度が溜まりやすい時期には、利湿(体内の湿度を排泄)を促す食物を⇒はと麦、もやし、緑豆、きゅうり、冬瓜、若芽、西瓜、セロリ、小豆、トウモロコシなど。利水作用が高いのはトウモロコシのヒゲ~ここ最近では、「トウモロコシひげ茶」などが販売さているので手軽に摂取できます。

梅雨時に感じる不調~東洋医学では、湿邪という言葉で表現しています⇒自然界に湿度が多いときに体に入りこんで邪気に転化したもの⇒浮腫み・倦怠感・冷え・めまい・胸のつかえ・腹部脹満・食欲不振・頭重感・浮腫・下痢・筋肉痛・関節痛等⇒五臓の脾は、湿邪を嫌います。その働きが悪くなると消化機能が衰退。

湿邪を改善するツボ⇒足三里:向こうずねの外側で、膝の下から3寸(指4本分)下のくぼみ。陰陵泉:膝の下で、向こうずねの内側の骨の下の窪み⇒太極拳~重心移動の時に意識すると安定します。

停滞性があり一度体に入ってしまうと病気の回復が遅くなり治癒に時間がかかります。この湿邪の影響を一番に受けるのが、消化吸収と水分代謝をつかさどる「脾」(西洋医学の脾臓とは別物で、胃腸の働き)なのです。だから梅雨時には下痢や食欲不振、嘔吐、腹部膨満など消化機能の障害が起こりやすくなります。

臓腑経絡中の湿が渋滞すると、気の活動も渋滞。気の運動形式を失調させたり、経絡の運行障害を誘発します。経絡とは、臓腑で生成された気血が流れる通路。全身の栄養と機能調節を促進する作用があります。食欲不振は、飲食物をエネルギーに変えて、全身に輸送する生理機能が減退し、胃の受納(飲食物を胃に送ること)に影響すると起こります。

便が軟らかい(大便溏薄)⇒一般に濁って汚い水は清らかな水に比較すると、どろっとして粘ついた感じがします。そこで「湿」は津液(人体に必要な水分)とは違って、粘滞性が強いと考えられており、湿邪に犯されると、排泄物などがべとついたり、大小便の切れが悪くなかなかふき取れないなどの症状が現れます。運化水液作用は運化水液作用が減退し、腸中に水湿が停留すると起こるわけです。

この運化水液作用は「脾」の作用の1つです。食物から吸収されたエネルギーに含まれる余った水分はこの作用により「肺」と「腎」に送られ、「肺」と「腎」の気化作用により、汗や尿となって体外に排出されます。この働きが正常であれば、余分な水分は体内に停滞することなく「湿」などの病理産物も生じません。しかし、「脾」の運化水液作用の機能が失調すると、水分が体内に停滞し、便が軟らかくなったり、むくみなどの症状が出現します。「湿」は「陰」の作用を持ち、気の活動を阻滞し、陽気を損傷してしまうからなのです。

湿邪を追い出す⇒体を冷やさず汗をかいて水分(湿邪)を体外に出す⇒体が冷えていると水分代謝が悪くなります。軽い運動や入浴で汗をかくのも効果があります。

意識して、多く食べたい四種の夏向き食品。。。
1)西瓜:渇きを止める、解熱、体内の水分調整、口内炎等。
2)胡瓜:97%が水分~生津の渇きを癒す、熱を取る&解毒、除湿、滑腸、鎮痛等。
3)桃  :生津、潤腸、活血、渇きを癒す、血の巡りを良くする、排泄を良くする。
4)苦瓜:熱邪を除く、疲労を取り除く、視力向上。


by takeichi-3 | 2019-06-26 23:56 | 気功:五禽戯・八段錦他 | Comments(0)

床反力(地面反力)~中国語は、反弾力。。。

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床反力(地面反力)、中国語では反弾力が一般なようです。
太極拳系の反弾力に関する動画を探していたら、意外なことに自分がUPした動画が~UPした当時、どうやって動くのだろうと思いましたが、今は納得。床反力を生じさせれば省エネ(力まず)で動けます。下勢独立~この力が欠かせません。



反弾力、胴体部を調整(身法)することにより生じる下松沈を源として動かないと膝などを痛めてしまいます。ある意味、太極拳十要遵守のトレーニング。正しく行えると、養生効果も得られるようです。

★有利于養生之道中“上虚下実”的修練功夫。
太極拳最終目的在于養生健身、所以它一向重視内功修煉、而内功修煉的重点是做到上虚下実、即講求意念放松、内気(真気)下沈、気沈丹田、克服“提心吊胆”内気上涌、上浮等現象。而平時練拳走低勢、有利于由外及内的意気的松沈、这様肯定対于養生有益。特别是年歳稍高的人们、或从事能力労働的人们、往往是上実下虚、“頭重胸悶、腰腿軟”、又有云“人老先从腿上老”。如果平時注意腿功桩功的鍛錬、則可以防止这種状態的出現。而拳走低架正好是一種活桩鍛錬、陳照奎老師、冯志強老師都講過拳走低架就等于練活桩。有云:“神仙留下健身方,開档下胯最為良”。

★地面反弾力
腿上虚実変換過程中、必須要「虚灵頂劲」和做到「節節放松、節節貫串」。这様才能符合「一挙動、周身俱要軽灵、犹須貫串」的要求。当我们按照上述的方法来転換両腿間虚実時、若能做到全身放松,転換軽灵、在身体的重量全部从一腿転換到別一条腿一刹那、会感覚到有一个力从地面向上反弹到実脚。我们応从脚底、脚踝関節、膝関節、跨等節節向上放松、让这个反弹力随着我们的心意去到身体的任何部份、作為該身体部份的動力来源。例如虚脚的上歩或手上的掤劲。要注意,如果在地面反弹力的伝递所経過的路線中、有不松開的地方、那么,地面反弹力的伝递便在身体不松開的地方中止。因此、在練架子時、必須要全身松開、節節放松、節節貫串、一動接別一動、不許有停滞。


by takeichi-3 | 2019-06-25 23:58 | 太極拳理論 | Comments(0)

第十四回中華武術名家講堂。。。

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早めに帰国したので~夕方から、大きなお風呂&百回以上のスクワットが含まれるプログラムを求めてフィットネスに出かけてしまいました⇒今回の北京行で得た身体調整効果を確かめたかったのですが、床反力が更に増してよりラクに動けるようになっていました。(^^)v


★今年で第十四回になる中華武術大学堂名家講堂の開催は、10月2日~7日。北京郊外の休暇村にある「龍脈温泉大酒店」⇒北京首都空港からは、タクシーで100元ほどの距離だそうです。

★開講拳式
①韓建中班:梅花桩拳五勢頭、梅花剣(奇門十三剣)、梅花養生、擒拿術。
②張全亮班:太極拳名家王培生伝承の呉式太極拳。
③李克仁班:駱興武親伝形意拳。
④朱天才班:陳式太極拳功法と養生。
⑤崔仲三班:楊式太極拳。
⑥王世泉班:八極拳。
⑦趙幼斌班:楊式太極拳。
⑧馮秀芳班:陳式心意混元太極拳24式、混元内功、纏絲功、放松功。
⑨任剛班:白猿通背拳。
⑩劉偉班:呉式太極拳。
⑪曾紅衛班:42式太極拳。
⑫李斌班:孫式太極拳。
⑫傅清泉班:楊式太極拳。
⑬理論推手班:太極拳運動規律を太極拳推手で実証・応用。

★申込締締切:9月15日。
★参加費用:一般3,800元⇒講習会費&食住込み。
★問合せ
北京市東城区体育館路8号《中華武術》編集部(〒100061)
電話:010-67158578、67149835、13801179647、13701134250
E-mail:LP5599@sina.com、 zhwushu@sohu.com
担当:王勇


by takeichi-3 | 2019-06-24 23:51 | いろいろ | Comments(0)

北京で規定拳…

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練習会場に遅れ気味に到着〜老師&参加者たちは圧腿(ストレッチ)を始めていました。

それから、提腿(ハイキック)系を一通り行ってから、規定呉式套路〜宗維潔老師のレベルの高いチェックは、身体の少しの歪みも、用法の途切れも見逃さない。

注意を受けると、規律遵守優先で身体を整え直し→部分的修正ではなく全身調整=内功と動作の合一。

優れた老師二人に学ぶことが出来るからこそ〜真感謝您们!



by takeichi-3 | 2019-06-23 23:45 | Comments(0)

最後の晩餐…

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ビジネスホテルの夕食バイキングメニューは家庭料理的。豚足、インゲン茄子炒め、カボチャ粥、粽等、好物満載~(o^0^o)Ψ



by takeichi-3 | 2019-06-23 20:38 | Comments(0)

今日の牛肉麺…

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今日の昼食は、蘭州牛肉麺…
打ちたてを提供してくれるのですが、麺の量が~日本のラーメンの1.5倍。残してしまいました141.png

by takeichi-3 | 2019-06-23 14:27 | Comments(0)

太極拳用品販売の傍ら~拳理を解明しています⇒カレンダー下の「三清」をクリック~お立ち寄り下さい。m( _ _ )m


by takeichi-3